MENU
Tokky
ボクワン運営者
ファン歴30年のボクシングファン。当メディア運営者のTokkyです。選手のセカンドキャリア、各界のファン達を始め人にフォーカスした独自の切り口での取材記事を発信しております!

熱きトレーナー&居酒屋店主 小口忠寛

  • URLをコピーしました!

皆様こんにちは。拳人のセカンドキャリア#11はこのお方、元アマチュアボクサーで現在はワタナベジムのトレーナーであり居酒屋「忠さん劇場 くいしん坊」のオーナーも務める小口忠寛さんです。ボクシング関係者やファンが集まる名店の忠さん劇場にお伺いしての取材でしたが、取材中に常連さんが来店されるハプニングも含めとても楽しく小口さんを深堀り出来ました。ボクシングとの出会いからトレーナーとしての選手達への思い、忠さん劇場の人気の秘密までがっつりお聞きしております。

INDEX

ブルファイターで鳴らしたアマ時代

少年時代の小口さんはどんな子でしたか。

「やんちゃないじめっ子。いじめてた方です(笑)五人兄弟の下から二番目。俺は一歳の時に指を1本無くしてるんですけど、子供って残酷だから指ナシ人間とか言ってからかって来るんです。それが嫌で心が卑屈になってる時期がありましたが、体が大きくなってからはケンカばかりのやんちゃ坊主全開で、中学時代はあまり学校に行かない問題児でした」

ほぼ想像通り!そこから何かきっかけがあってボクシングを始めるんですね。

「その頃にトーマス・ハーンズとロベルト・デュランの対戦がファイトマネー20億円超えだとテレビで見て凄いなと。俺もボクシングでビッグマネーを稼ぎたいと思って地元の新日本カスガジムに入りました。乗せ上手な春日会長に平成の4羽ガラスは鬼塚、渡久地、川島、小口や!と褒められて照れながらミット打ちした日々が懐かしいです。その後で駿台学園に入りました。今振り返っても俺をしっかりと叱り、褒めてくれたのは新日本カスガジムの春日会長と駿台学園の木下先生の二人です。彼らが俺の恩師。だから春日会長が亡くなってしまった時は本当に辛かったです」

アマチュアボクサー時代は50戦を戦って、最高ランキングは全日本ライトウェルター級3位。高校2年の時に関東大会で優勝されてます。当時を振り返って印象的なエピソードなどお聞かせください。

憧れのファイターは浜田剛史

「ロベルト・デュラン、レイ・マンシーニ、アーロン・プライヤー、フリオ・セサール・チャベスの様なガンガン前進して倒しに行くファイタータイプが好きで参考にしてました。そして一番好きなのは浜田剛史さん!高校時代はもみあげを伸ばして浜田さんの髪型を真似したぐらい大ファンなので、ファンレターに返事を下さったのが嬉しくて今も大切にしてます。がむしゃらに前に出てパンチを振って行き、当たれば倒せるスタイルで50試合を戦いました。今も担当の選手達をわりとファイター寄りに指導する傾向はあると思います」

トレーナー人生に活きる壮絶な我慢比べ

「自分と似たブルファイターの相手と開始から最後までずっとフルで打ち合う我慢比べの一戦がありました。関東大会の1回戦で群馬の選手と対戦した時です。こちとら1回戦で負けるわけにいかないし、相手も必死なので肉体的にも精神的も消耗が激しい貴重な経験が出来た試合でした。ボクシングは気を抜いた瞬間に試合が終わるスポーツだという事をこの時に凄く実感したんです。気を抜いてなかったし倒されてもないけど、一瞬でも気を抜いたらその瞬間に終るという焦りと戦ってました」

生涯最高のワンパンチKO勝ち

「一番嬉しかったのは高校1年の時に右フック一発で相手を失神させた初回KO勝ち。デビュー戦が黒星スタートで2戦目は勝ったけど3戦目4戦目と連敗で、なかなか思う様に勝てないな…と悔しさを押し殺しながら挑んだ試合での初回KO勝ちは最高でした。先生にもあんな倒し方久しぶりに見たよ!と褒められて、俺やれるじゃん!と自分に自信がついた試合ですね」

そういう逸話を聞くとプロ入りして欲しかったなと思うんですが、そうしなかった経緯についてもお聞きしたいです。

大学時代の葛藤とトレーナーへの転身

「プロ入りしなかったのは大学での心境の変化です。高校2年のインターハイの時、帝拳ジムからプロ入りのオファーをいただきました。その時に法政大学からスカウトが来たんです。帝拳ジムでプロを目指すか大学に行くかで迷った結果、家族の意見も踏まえて大学を選びました。大学に行くからプロ入りが出来なくなるわけではないと思ってたんですが、実際は大学に行ってボクシングに向き合う時間が少しずつ減ってしまったんです」

環境が変わって大学生活を楽しむうちに、だんだんとボクシングへの熱が薄れていったという事でしょうか。

「そうですね。燃え尽きたって表現とも違うんですけど、高校時代は他人の2倍は練習したい!と思ってたのに今日はこれぐらいで良いかなと妥協したり、試合に負ける事に対して以前の様なアレルギーを感じなくなっていったんです」

大学で才能豊かな選手達を沢山目の当たりにして、現実を知ったみたいな感覚もあったんですかね。

「正直それはありました。それまで誰と対戦しても怖いとは思わなかったのに、大学で強い選手と対戦してアッパーを喰らった時、顎の骨が折れるんじゃないかと思うようなダメージを受けたんです。下から相手の懐に飛び込んで行くスタイルだから腹を打たれた事は無かったのに、どの位置からでも急所にピンポイントでボディーブローが飛んでくるんですから。それと、その頃に一緒に住んでた鬼塚勝也の影響もあります。他のジムに出稽古に行く時はいつも鬼塚と一緒だったんですけど、鬼塚と俺はボクシングへの向き合い方が違うなと感じました。彼は本当にめちゃくちゃ練習熱心で、プライベートの時間も常にボクシングの事を最優先に考えて過ごしてました。この世界で上に行くのはきっとこういう人間なんだと思ったんです」

※鬼塚勝也さんはWBA世界Jrバンタム級王者となり5度の防衛に成功。

鬼塚さんとの違いを冷静に悟ったという所にすごくリアリティを感じました。率直に話していただいてありがとうございます。ではワタナベジムでトレーナーを始めるまでの経緯について教えてください。

「大学を卒業してから一度、地元の長野に帰ってお好み焼き屋やフィリピンパブをやってました。しばらくは繁盛してたんですけど、傾いたタイミングで親父がフィリピンに行くと言うので自分も一緒について行ったんです。知らない世界の文化を肌で感じてみたかったので、あの時のフィリピン滞在は凄く良いリフレッシュ期間になりました。その後日本に戻って住んだ場所がたまたま五反田(ワタナベジムがある場所)だったんです。体を動かしておこうとフラっとワタナベジムに行ったら、当時東洋王者の内山高志と出会いました。今に繋がる運命の出会いですね。渡辺会長からトレーナーやらないかとお誘いをいただき佐々木修平、石原雄太、小口忠寛のトレーナー黄金時代の始まりです」

そこで内山さんと出会ってなければ別の道に行っていた可能性もあるかと思うと、運命ですね。現在はトレーナーをやりながら忠さん劇場を経営されてますが、1日に使う力の割合はそれぞれどれくらいでしょうか。

「最近はマッチメークの領域まで関わってますので、入れ込むパワーで言うと8:2でトレーナー業ですね。収入の割合だけでいうと忠さん劇場の方が遥かに多い。以前はジムに9時間いたんですけど今は1日4時間なので生活を支えてくれてるのはこのお店、忠さん劇場です」

おまえの母ちゃん死んじゃうぞ!

トレーナーとして小口さんが担当される範囲について教えてください。

「担当する選手達への練習やメンタルの指導、試合の戦略立案、試合までの減量フォローなどがメインですが、俺の場合は選手達とプライベートの関わりも多いですね。このお店(忠さん劇場)で担当の選手に働いてもらう事もありますし」

小口さんが練習での指導で心がけてる事、モットーを教えていただけますでしょうか。

「試合で泣くな!練習で泣け!です。まず練習で自分を追い込めない選手は試合では勝てません。試合で苦しい状況になっても、練習で地獄を見てると耐えられるんです。ここが大事という我慢のしどころが試合にも練習にもあるので、試合で苦労するより先に練習で苦労しておこうと言います」

今が我慢のしどころ、というタイミングで小口さんは選手にどんな言葉をかけるのか興味深いです。

「試合中に選手が苦しい時、自分は《我慢!我慢!今手を抜いたらおまえの母ちゃん死んじゃうぞ!》《今手を抜いたらおまえの彼女が寝取られちゃうよ!》と言います。試合会場にお母さんが来てたらインターバル中に横(お母さんの方)を向かせて、おまえが勝つのを見るために遠くから来てるんだぞ!と言います。くだらない事だけど自分流の発破の掛け方なんです。練習で言う時もあります。大切な人の思いに応えようぜという叱咤は選手の心に響くと思ってます」

インターバル中の様子から、そういう雰囲気は感じ取れます。発破の掛け方ってきっとトレーナーによって個性がある部分なんでしょうね。

「そうです。自分はインターバル中に源大輝をビンタして、渡辺会長から選手を叩くなと怒られた事があります。でも今が勝負時!という場面で弱気になったり気を抜いたら絶対にダメ。そういう局面でのコミュニケーションの方法は個性ですね。良い悪いではなく10人トレーナーが居たら10通りの色があって良い。他のトレーナーはあんまり使わない言葉ですが、集中しよう!と伝える時に自分はガンガンガンって言います。ガーンせえと」

発破を掛ける時もあれば、頑張り過ぎてオーバーワーク気味の選手を休ませたい時もあると思うのですが、その時はどんな会話をされるんでしょうか。

「今日は上がれとストレートに伝えます。予定していたスパーリングが8回でも調子が良くなければ3回で止めたりします。残り5回やらせて欲しいと言われても止めます。状況によって次の日も休ませる時もあります。それを言って選手に泣かれた事は何度もありますが、やらせません。その状態でやってもダメージが蓄積されるだけですから」

選手達の減量フォローに小口さんはどの様に関わっているのかも気になります。

「選手達には、ジムの入口にある出席名簿に体重を書かせる様にしてます。ジムに入った時と出る時で何キロかを書かせて管理するんですが、嘘を書く人もいるので声を掛けて何キロか聞くようにしてます。4回戦ボーイは減量そのものに慣れていないので常に今何キロか聞きますが、ベテラン選手でも気を抜けません。もう慣れてるし今回もいつも通りでOKみたいな空気の時にトラブルが起こりがちなので、そんな時も注意して声を掛けて状況を把握する様にしてます」

風を切る内山高志のシャドー

これまで何人かのトレーナーの方に話を聞いて来ましたが、シャドーが一番大切なのにそれをおろそかにする選手が多いので、シャドーの大切を伝えてから重点的にやらせるという話をよく耳にします。そこは小口さんも同じでしょうか。

「はい。プロボクサーの練習の中でシャドーほど大事なメニューは無いです。ミットやサンドバッグは反応や威力の練習ですがシャドーは仮想スパーリングの様なもので、試合に向けた戦術の土台を作る練習なので一番の柱になるんです。その大切さが分かってない時はそこから教えます。今思えば内山高志のシャドーを録画しておけばよかったなと良く思うんですよね。あいつのシャドーは風を切る音がして、確実に相手の動きが見えてるシャドーなんです」

アマボクサーとしての経験は、今のトレーナー業にどのように役立ってますでしょうか。

「全てですね。ボクシングの基本と体の使い方全て。選手に聞かれた時に全部教えられるんです。自分で言うけどシャドーボクシングはかなり上手いんじゃないかと思ってます。最近ハマってるのはルディアッパーです」

元チャンピオンから試合経験無しの人まで様々なトレーナーがいますが、アマ経験を含め試合経験が全く無いトレーナーについてどう思いますか?

「経験の有無より熱心さの方が大切なので、熱意でカバーする事は出来ると思います。チャンピオンを育てたかどうかの実績に関しては、凄く素質のある選手が来たらサポートするだけでチャンピオンになる事もあるわけですよ。0から叩き上げの選手と上に行くのが一番難しいですが、もしトレーナーが0からのスタートなら選手と一緒に育っていけば良いと思います」

阿部麗也戦での源大輝との練習

試合が決まって戦略を考える時、小口さんはどれくらいの深さで入って行くんでしょうか。

「相手の試合映像を見て選手と一緒に考えますね。相手側のトレーナーはこういう指示を出すだろうなを想定して対策します。基本は担当選手の良い所を伸ばすには?長所を活かすには?というスタンスで考えます。例えば源大輝が阿部麗也と対戦する時、ファイターの源にアウトボクシングさせてもしょうがないので源の良い所を伸ばす。お前はいつも上(顔面)を狙っちゃうけど、もっと低い位置からズドンといけ!と。阿部麗也の胸を打とうと決めて、狙いたい位置を打つパンチをずっと練習しました。そういう事を色々やるわけです。その試合では練習したパンチが有効に機能して源はベルトを守れました」

確かにあの試合での源さんの狙い打つ様な右ストレートはとても印象的な試合でした。そういう戦略のパターンはプランAだけでなく、複数用意するものでしょうか。

「そんなに沢山は無いです。いざ試合が始まって、想定してた展開と違うなという事もありますし、こちらがやりたい事を読まれちゃってる時もあります。初回が終わって全然ハマってない時は《落ち着こう。落ち着こう》と言います。サブのトレーナーにも意見を聞きつつ、もう少しステップ使った方がよくない?などのアドバイスを選手に伝えます。序盤でペースを掴めなかったとしても、練習をしてれば体が勝手に動く様になるんですよ。練習不足の人はそこで頭で考えて動くから後手後手になる。そういう時は手数で行くしかないので、ボクシングしても勝てない時はブルファイトで行けと言いますね」

嬉し涙、悔し涙、悲し涙

これまでトレーナーとしてセコンドに入った試合の中で、忘れられない強烈に印象に残っている試合についてお聞かせください。

高山涼深に言葉にもらい泣き

「トレーナー人生で一番嬉しかったのは、高山涼深が日本タイトルを獲った試合です。15歳の時から一緒にやってきた子が小口さんありがとう!って泣いて抱き着いて来て喜んで。勝利者インタビューでも小口さん小口さんって言って泣いてるの見てもらい泣きしましたよ。息子みたいに思って指導してきた選手ですから」

チャンピンベルトを持つ小口忠寛さんと、教え子の高山涼深さん

勝ってるのになぜ打ち合う…中山佳祐

「トレーナー人生で一番悔しかったのが中山佳祐が阪下優友との4回戦でTKO負けした試合です。3回まで完全に中山が取ってて、最終4回の前のインターバルで中山に《俺の目を見ろ!相手は絶対に倒しに来るから付き合うな。打ち合うな。これまで通りフットワーク使ってボクシングしよう。完璧だから》と言って送り出したら…まさかの自分から打ち合いに行ってTKO負け。打ち合っても負けないというプライドがあったんだろうと思いますが、自分の言う事を信じてくれてなかったのか悲しくて。ずっと長くコンビ組んでやって来たのに、なぜなんだと悔し泣きですよ。今でも中山に会うとその話をしちゃいます(笑)」

内山高志の敗戦に号泣

「トレーナー人生で一番の衝撃は内山高志とコラレスの初戦です。試合の後、俺と佐々木修平で内山を家まで送る時、テレビ東京のカメラマンが付いてたんですが、内山のまさかの敗戦を受け入れられなくて自分と佐々木修平が2人で号泣。涙が零れて止まらない自分達を見て、カメラマンは撮影するのをやめてくれました。地獄。あの日は本当に地獄でした」

内山さんの敗戦は言葉に出来ないものがあったと思います。普段、担当してる選手が試合に負けた時は小口さんはどんな言葉を掛けるのですか。

「試合の規模や内容によって伝える言葉は変わります。ろくに練習してなくて負けたのなら、これがプロの世界だよと。そうじゃない時はお疲れ様と優しく接します。拳四朗戦の後の京口紘人にはよくやった!うるっと来たわ!と感謝の気持ちを伝えました。本当に力を出し切ったうえでの誇れる敗戦でしたから」

元気が貰えるパワースポット、忠さん劇場

ここからは2016年7月のオープン以降、常連さんでいつも賑わっている忠さん劇場の話に移ります。オープンするまでの経緯について教えてください。

「以前はトレーナー1本だったんですが、トレーナーをやれる時間が4時間から2時間になって生活が出来なくなるので、元教え子の井田がやってる井田商店というラーメン屋に修行に入りました。でも教え子と師匠なんでお互いやりにくいですよね(笑) ある日、井田がここの物件を見つけて来てくれて《居抜きで借りられて場所も良いから、ここで居酒屋やった方が良いですよ》と。すぐやろう!となって出店しました。お客さんを集められるか不安は大きかったですが、内山高志が《オープンしたら当面は毎日行きますから》と言ってくれたんです。忙しい内山が毎日来るわけないだろうと思ってたんですけど、本当に毎日来てくれたんですよ」

小口さんと内山さんの絆の深さや、内山さんの有言実行力はリング外でも変わらない事を改めて感じるエピソードです。お店で出す料理のレシピは小口さんが考えているんでしょうか。

「自分も考えますし、手伝ってくれてる奥さんも一緒に考えてくれます。イチオシの山賊焼きは俺の地元の長野の名物なので自信作ですよ」

山賊焼きは間違いなく食べなきゃ損の逸品!オープンから2026年で10周年。浮き沈みが激しく継続が難しいと言われる飲食店の中で、忠さん劇場が10周年を迎えられた理由は何でしょうか。

「日本全国から来てくれる常連さん達、オープン時からずっと気にかけてくれて今も通ってくれる内山、そしてボクシングのおかげです。本当に感謝、感謝です。最初はボクシング関係者から始まり、お笑い芸人やスポーツ選手やミュージシャンまで有名人が沢山来てくれて、お客さんがお客さんを呼んで来てくれます。そうなる流れを最初から狙ってたわけじゃないんですけど、出来る事を頑張ってたら自然とそういう場所になりました。俺と話したくて来てくれるお客さんが今は沢山いて嬉しいですよ。空席確認の電話が来て、席は空いてても俺がいないなら来ないというお客さんも多いんです」

この日、17時から始めた忠さん劇場での取材。18時を回った頃に1人目のお客様が来店されました。小口さん目当てに足繫く通う常連さんの男性との事で、そのお客様に即席インタビューを決行。小口さんの魅力ってどういうところですか?

「良くも悪くも物事をハッキリ言ってくれます。白か黒しか言わないんですが、同姓としてそこが素敵だなと思うんです。小口さんがいつも元気だから、こちらも元気を貰えます。どうでも良い雑談から時には相談事まで何でも話せるパワースポットの様な人です。忠さん劇場の料理も大好きなのですが、行って小口さんが居ない時は僕は寂しいです(常連のお客様より)」

駅近の立地の良さ・料理の味とコスパ・内山さんの影響力でスタートダッシュは切れても、10年も続く理由の中で一番大きいのはお客さんに慕われる小口さんの人柄なのでしょうね。

「本当にありがたいです。俺は良くも悪くもハッキリとものを言うタイプなんで、来て欲しくないお客さんは一瞬で帰らせます。酒癖が悪くて人に迷惑かける様なお客さんには二度と来ないでくれ!と言いますよ。そこはしっかりしないとね。実は一番酒癖が悪いのは俺だったりしてね(笑)」

理由があって成功してるんだなと感心します。お金の収支の管理も全て小口さんがやってるんでしょうか。

「そこは奥さんに任せてます。俺はこういう性格で調子が上がって来るとけっこうお金をバラまいちゃうタイプなので、ちゃんと管理してくれる奥さんに出会えた事にも感謝ですね」

忠さん劇場にいる時、小口さんが一番嬉しい時、最もやりがいを感じる瞬間ってどんな時でしょうか。

「自分に会いに来てくれたお客さんが楽しそうにしてる時です。1階はカウンター席だけなのでお客さん同士が自然と仲良くなるんですよ。2階は2階で大人数の宴会が出来て楽しいですが、1階が活気付いてお客さん全員が笑顔の瞬間に、最高の幸せを感じます」

忠さん劇場くいしん坊にて。スタッフと常連のお客様達。

常連さん同士が親しい空気感でありながら、一人で来ても馴染めそうなアットホーム感が共存していて素晴らしいお店です。最後に、これから忠さん劇場をどうしていきたいかお聞かせください。

「1階のカウンターがすぐ満席になるので、せっかくお客さんが来てくれても席が無くて帰って貰う事が少なくないんです。もし今の場所の近くにカウンターだけで今の1.5倍くらいの広さになる物件が出たら拡大移転も検討したいですね。2号店を出す考えは今は無いです。この場所で大切なお客さん達をずっと笑顔にさせていたいです!」

取材を終えて

小口忠寛さんは「心の熱さを伝える達人」です。真っすぐで情熱的なキャラクターが全面に出ていながらも、一方では冷静な部分も凄くしっかり感じられる。あしたのジョーの丹下段平の様な人。

トレーナーとして弟子達に時には厳しく、時には優しく指導。その根底には熱い思いと愛があり、それが伝わるから選手達がついて行く。忠さん劇場が10年続いている理由も自分の信念をブラさずにお客さんの居心地が良くなるコミュニケーションを心掛けて来たからです。

明確な理由と思いを持ったうえで、何事も忖度せず白黒ハッキリ言う。トレーナーとしても、忠さん劇場店主としてもそこが小口さんという人の魅力であり、それこそが小口イズムです。

忠さん劇場くいしん坊。まだ行った事がない方はぜひ行ってみてください。以上、拳人のセカンドキャリア#11「 熱きトレーナー&居酒屋経営 小口忠寛」でした!

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

INDEX