進撃のボクヲタ

30代会社員のボクシング観戦記&その他の雑記

震災に揺れた2011年、西岡利晃が成し遂げた偉業

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今日、10月2日は西岡vsマルケスの日。
ちょうど8年前の2011年10月2日。

 


WBC世界スーパーバンタム級王者・西岡利晃が7度目の防衛戦で挑戦者に

メキシコのラファエル・マルケスを迎えた。


史上初。日本人ボクサーが本場ラスベガスのMGMグランドでメインを張り、マルケスという世界的ビッグネームに勝利。日本ボクシング界を覆い尽くす閉塞感をブチ破り、歴史を塗り替えた記念すべき日。

 

INDEX ・西岡との出会い
・真剣での斬り合い
・倒しにいった最終ラウンド
・縁起の良い紫のトランクス
・震災に揺れた2011年のカンフル剤

西岡との出会い

出会いと行っても、ただの一ファンなので向こうは僕を知らないけど^^

 

1998年12月28日、辰吉ウィラポン第1戦のセミで渡辺純一を逆転KOした試合を

会場で目の当たりにし、惚れた。
 

「目標は?」

「世界獲って具志堅さんの防衛記録を抜く」

 

平然と言ってのける若かりし頃の西岡。

ちょっとふてぶてしい!

でも頼もしい。何よりも華がある。

 

きっとそう遠くないうちに世界を獲って一時代を築くに違いない。

辰吉の次は西岡の時代が来る。

そう信じて疑わなかった。
 

年齢が近い事もあり、こんな凄い選手が同年代でいる事が誇らしくて、この頃から西岡ファンで毎回試合が楽しみだった。
 

年齢は僕の方が4歳程下だが、彼が兵庫県のJM加古川ジムから帝拳ジムに移籍して上京した時期と、僕が三重県を出て上京した時期が一緒なので、移籍初戦で凄い試合を見せられた時から常に良い刺激を貰える存在だった。

 

しかし…ウィラポンの厚い壁に阻まれ世界挑戦に4度失敗。

致命的とも言えるアキレス腱の断烈。

苦境に立たされたまま年齢は30歳を超えた。

 

僕自身ウィラポンへの4度目の挑戦の試合で

会場で西岡に批判を叫んだのを覚えている。

「勝てないよ、そんなんじゃ!!」
 

4度目の挑戦に失敗しても彼は諦めず、来るか分からない次のチャンスを狙い続けた。

その間、帝拳ジムの後輩に背中を追い抜かれる事もあった。会長からも引退勧告を受け、

ジム内でも肩身の狭い思いだっただろう。

 

悔しい。こんなはずじゃないのに。

眩しい未来が西岡にはあったのに…もどかしさだけが募る日々。
 

ようやく世界を獲った時は32歳。

5度目の挑戦だった。良かった。

ホッとしたのがこの時の正直な感想。

これで元世界王者として名前が残る。

 

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本当に良かったわ。めでたし。めでたし。

ん…?なんかめっちゃ防衛続くぞ!(笑)
 

ハッピーエンドじゃなくて始まりだった。

西岡の逆襲。ぬわんと!

ウィラポンより評価が高いであろう、世界の強豪達を次々と圧倒していくじゃないか。
 

なんじゃこりゃ!凄過ぎる。

 

長く暗い闇の底から這いあがり、35歳でラスベガスの輝かしい舞台までたどり着いた西岡利晃という男のストーリーがたまらなく好きだ。ボクシングというスポーツの魅力をあげれば沢山あるが、ボクサー達が持つ「物語」にはいつも魅了される。

この男の物語は惚れる要素が多過ぎる。

あまりにも濃過ぎる。 

真剣での斬り合い

マルケスとの試合が決まった時、よっしゃ勝った。世界に名前を売れる。そう思っていたし、専門誌の予想も西岡優位と伝えられていた。
 

そんな中、マルケス陣営にあのサラゴサがいると聞いて辛い過去を思い出さずにはいられなかった。日本のボクシングファンにとっては忘れられない記憶…我らが辰吉丈一郎の挑戦を1度ならず2度までも退けてみせた老雄、ダニエル・サラゴサ。
 

彼がマルケスにどんなサポートをしようが西岡にはきっとかなわない。

悪いけどサラゴサ、今回は勝たせてもらう。
 

当日、試合開始のゴング前の緊張感の中

待ちわびた一言がついに聞けた。


浜田さんの「頑張れ西岡で行きましょう!」
きた~!

浜さんの定番、これが聞きたかった。
西岡のビックマッチで聞きたかった。
 

序盤:ポイントはマルケス

中盤:熾烈な争いを西岡が制しペース掌握

後半:西岡が圧倒
 

序盤はマルケスのジャブに苦しんだ印象だったが、5回に左の強打を当ててから

一気に流れを変えてみせた。

 

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この一発。試合の流れを変えるきっかけになり、ここから西岡が明確にペースを掌握していく。

 

ボクシング好きの千原ジュニアが西岡本人にTVで話した印象的な言葉がある。

「マルケス戦、二人が真剣を手に斬り合う緊張感ハンパなかったっすわ」その通り、

真剣で斬り合っている様な試合展開。
 

中盤以降、西岡が打つと下がる様になってきたマルケス。ボディから上への返しを被弾し、露骨に嫌な表情を見せる様になった。

 

この試合の印象的なシーンをあげればキリがないが一番は最終ラウンド。

この展開の中で最終回に倒しにいった西岡が、最高にカッコ良い。

倒しにいった最終ラウンド

最終ラウンド、西岡は前のめりで打ちに行って体の重心がブレてしまう。

危ないタイミングでマルケスの右を貰いそうな場面もあったがそこから体制を整えるのではなく、ブレた状態のまま更に追撃を仕掛けにいった。

 

バランスを崩すと危ないと心配していた浜田さんも次第に西岡の思いを汲み取り、応援し始めた。「そ、そぉ~ですか。ダウン取りたいんですね!」

すっかりテンションMAXの香川さん

「いやぁ、ここで行くんだな~西岡君!」

 

ウィラポン戦でチャンスに攻められず、

歯がゆい試合を繰り返していた男がラスベガスの大舞台で、ポイント優位の最終回に倒しにいっている。

 

俺はマルケスからダウン獲りたい!

体中でそう叫んでいるかの様な戦いぶりに胸が熱くなった。

圧倒したまま試合終了で判定へ。
 

判定が出るまでの間、コーナーにドネアが来て西岡に何やら耳打ちしている。

 

短いが何か言葉を交わした様に見える。

何て言ったんだろ?

 

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「君が勝ってるぞ」

そんなやりとりでもしたのだろうか。


3-0の明白な判定での西岡勝利が告げられたその瞬間。

 

やったぁああああああああ!
 

やばい泣きそう、この時点ではまだ涙はこらえながら西岡の雄姿を眺めていた。

 

史上初。日本人ボクサーがラスベガスで強豪相手に防衛するという偉業を成し遂げた瞬間。

なんて眩しい姿なんだろう。
人間、頑張ればこんなに人生が変わるんだ。

 

解説席に来た西岡と握手を交し、コメントを求められた香川氏。彼は西岡への感謝の気持ちを涙をこらえながら伝えた。

「こんな瞬間を見せてくれて、今までボクシング見て来て良かったです。もう…

本当にありがとうございます。」
そう言いながら熱い涙を止められなかった。

 

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分かるよ香川さん...!

この瞬間、もうこっちもこらえ切れず

TVの前で一緒に泣いちゃいましたよ。
 

ずっと試合を見て来て良かった。自分の事のように嬉しい。熱い男泣きをこらえきれない瞬間なんて、人生で何度あるんだろう。

縁起の良い紫のトランクス

この記念すべきマルケス戦での西岡のトランクスは明るい紫。1年前のムンロー戦での西岡のパフォーマンスもまた素晴らしく、その時も紫のトランクスだった。煌びやかなパープルの光が両国のリングを舞う絵がとても美しかった。


ふと思う。


紫トランクスの試合は特にパフォーマンス良くないか?


西岡の世界戦でのトランクスカラー

・ウィラポン1戦目(負け)…黒

・ウィラポン2戦目(負け)…白

・ウィラポン3戦目(負け)…黒

・ウィラポン4戦目(負け)…黒

・ナパーポン戦(勝ち)…白

・ガルシア戦(勝ち)…金

・ジョニゴン戦(出世試合)…シルバー

・エルナンデス戦(勝ち)…赤

・バンゴヤン戦(圧勝)…紫&シルバー

・ムンロー戦(超圧勝)…紫

・マルケス戦(超最高)…紫

 

西岡にとって紫色は明らかに縁起が良い。

逆に黒のトランクスはもう使わないで欲しい。暗黒時代の黒は縁起が悪い(笑)

 

この後は更なるビックマッチ、ドネア戦。

ドネアと頂上対決の時は「紫&シルバー」トランクスで登場してくれ!放送終了後に

録画を見返しながら、そんな事を考えていた。

震災に揺れた2011年のカンフル剤

西岡は後日のメディアインタビューでこの試合を振り返って「玄人好みの試合だと思います」そう答えていたのがとても印象的。確かに玄人好みかもしれないが、緊迫感溢れる素晴らしい試合だった。2011年の年間最高試合に選ばれた紛れもないグレートファイト。

 

そしてこの試合が行われた時期、タイミングも日本のボクシングファンにとっては

意味合い深いものだった。


2011年…この年の3月11日。

あの東日本大震災が起きた。

 

幸いなことに自分自身は無事だったが、被災した知人の話や報道される被害状況は

悲痛という言葉では言い表せない。
 

それでも人は前に進まなければいけない。

 

2003年の西岡vsウィラポン戦を一緒に観戦した古い付き合いの友人がいる。彼の実家や家族は震災で被害を受けた。家族が仮設住宅での暮らしを強いられた為、東京での仕事を辞めて実家に戻るという話しを聞いていたが、しばらく連絡は途絶えていた。

西岡ラスベガス防衛の快挙がスポーツ紙に一面で報じられた日、久々に彼からメールが届いた。

 

「西岡35歳だよね。凄い。俺も頑張らな。」

 

震災から半年が経った10月、皆が現実を受け入れ前進し始めた頃。明るいニュースが欲しいこのタイミングでの西岡のこの快挙はボクシングファンだけでなく、希望を求める多くの人にとって活力になるニュースになったと思う。

 

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西岡自身、今の日本に少しでも良い影響を与える試合がしたいと戦前に語っている。

そしてその通りの結果を出す。なんて誇らしいアスリートなんだろう。

 

絶望から這いあがった西岡利晃。

 

苦境を乗り越え輝かしい舞台で偉業を成し遂げた姿は、明けない夜はないことを教えてくれた。
 

2011年10月2日。日曜日。

 

思い出深い秋のビックマッチだった。