進撃のボクヲタ

30代会社員のボクシング観戦記&その他の雑記

畑山隆則と坂本博之と観戦者達の10月11日

f:id:tokky7:20191005225649j:plain


今日は10月11日。畑山vs坂本の日。

ちょうど19年前の2000年10月11日。

横浜アリーナ。

 

 

あの日、現地に行く事が出来てよかった。

 

スーパーフェザー級の防衛戦での痛烈なKO負け後すぐに引退表明した畑山。引退を撤回してライト級に復帰した理由、モチベーションは坂本戦だったと本人が言っている。坂本博之と戦う事が、彼がもう一度リングに立つ理由だった。

 

坂本にとっては4度目の世界挑戦、ラストチャンス。この年3月の世界戦ではKO奪取目前までいきながら寸前のところでベルトを逃がした。畑山隆則に勝って、世界王座を掴みたい。

 

熱く燃えた横浜アリーナ。


ボクヲタ男、キャバ嬢、ミーハーなファン、熱いファン、あの日あの場所に集まったそれぞれにとっての「畑山vs坂本」がある。

 

忘れがたき名勝負の日の記憶。

 

INDEX ・開場前の喫茶店、モテたいボクヲタ
・会場入り~この日の観戦者達
・畑山がセコンドの指示を無視
・フィニッシュ・ブロー
・名勝負なのかどうなのか
・ボクサーが与える影響力について
・TV中継での違和感の正体
・10月11日

 

開場前の喫茶店 モテたいボクヲタ

開場前、少し早めに横浜に到着し友人と近くのカフェでお茶をした。隣の席の男2人女1人の3人組の会話が聞こえてくる。


どうやら女性はボクシングに詳しくないが、今日の試合は凄いと誘われて観戦に来たらしい。


畑山の事は知っているけど他の選手は知らないという女性と、詳しい感じのボクヲタ男が2人。なんだか妙な3人だった。

 

男「ライト級の世界王者はね、日本で畑山が2人目だよ。1人目は誰だと思う?」

女「わかるワケないよ~」

男「いや、有名だよ。知ってる人だよ」

女「知らないよ~」

男「ガッツ石松!知ってるでしょ?」

女「あ~ガッツのおじちゃん。ライト級最初のチャンピオンなんだ。すごい!」

 

この時の男のドヤ顔ときたら…笑

 

まるで自分がライト級を最初に獲ったかの様なドヤ顔。世間的な注目度が高い試合の時に、初観戦に来た女性に対して詳しいボクヲタが知識を披露して得意気になる瞬間。

初めて実際に見たが、きっと度々ある事なんだろう。辰吉vs薬師寺、内藤vs亀田の時も各所で起きていた事に違いない。

 

ヲタ男の攻勢はまだ続く。


男「ガッツポーズって言葉、石松から生まれたの知ってる?」

女「そうなの!知らなかった。すごい!」

 

普段はバレラVSモラレスとかについてヲタ同志で語るしかないところを、メディア露出絶頂期で女性人気の高い畑山の世界戦となれば、ここぞとばかりに知識を披露したい気持ちも分かる。

女性の方は広末涼子に似てて可愛い。
頑張れボクヲタ!
培った知識がモテに役立つ時が来たのだ。

 

そして話題はこの日の試合予想へ。

男「まぁ~俺に言わせりゃKOなら坂本、判定ならハタケだね(超ドヤ顔)」

 

こんな超ベタな予想を、ここまでドヤ顔で言える男がこの世に居たのか…

 

さぁ開場の時間が来た。
アリーナに入ろう。

 

f:id:tokky7:20191006161425j:plain

前座試合~この日の観戦者達

トイレの手洗い場で二人の男が話してる。


「今日の坂本の入場曲、ドボルザークじゃないよ。違う曲だって!」

「この大一番で曲を変えるの?」

「大一番だからだよ」


なんだその情報。関係者かな。席に戻る。取れた席はリングに向かって正面の角度の良い席。

 

広いアリーナを見渡しながら、辰吉はここでサラゴサにボコられたのか…とか考えてるうちに前座試合が始まった。


この日、前座に出ていた選手の中で1人だけ、強烈な印象を残す選手がいた。

畑山が所属する横浜光ジムの後輩、新井田豊。


フィリピン人を初回KOして終わった試合なのに、他の前座試合とは動きのキレが別次元。こんな良い選手がいるんだな~って感心したのだけど、後に世界タイトル7度防衛する選手なのだから今思えば当然だった。派手にリングで一回転して場内を沸かせてくれた。

 

メインイベントが近づいてくる。

 

注目の一戦を前に、期待感で包まれた場内がザワつき始めてきた。

どこからともなくハタケコール・坂本コールが始まった。

f:id:tokky7:20191005211341j:plain

 

あのヲタ男は会場のどこかで今も喋り続けているんだろうか。

 

急にどこからか歓声があがり「おめでとう!」「おめでとう!」と声が聞こえる。

誰に向かっての歓声なのか?

探すけど見つけられない。

 

するとリングアナがマイクでその人を紹介してくれた。「御来場の皆様。先月シドニーオリンピック柔道で、金メダルを獲得した田村亮子さんです。拍手を!」タイムリーな国民的スターの思いがけない紹介に大歓声が沸き上がった。そうか、だからおめでとうだったんだ。


この年の流行語にもノミネートされた彼女の名言「最高で金。最低でも金」は本当に凄い。ボクサーでもなかなか言える事じゃない。ヤワラちゃんはどっちを応援するんだろうか。

 

メイン開始のセレモニーが始まり、

両雄が入場して来る。

坂本が入場曲を変える話は本当だった。


僕は友人と2人で来てたのだが、幸か不幸か周りの席にキャラが濃い方々が集まっていた 。勝手につけたあだ名で紹介しよう。

 

この日、近くの席で観戦していたのはこんな人たち。


◇ゴルゴ13  (坂本ファン)

自分の右隣の席の坂本ファン。ゴルゴ13がカジュアルな服をきたら、まんまこの人って感じで短髪で体系ゴツイ。ほとんど喋らないが坂本が攻めると声を出す。
坂本がピンチになると立ち上がる。

 

◇北海道女  (畑山ファン)

自分の斜め左前の席の畑山ファン。声が大きくて後ろまで聞こえてくる。セラノ戦後のバラエティ番組で畑山を見てファンになり、北海道から横浜プリンスを予約して応援にきた。このパターンの畑山ファンは当時かなり大量発生していたと思う。

畑山が攻めると「ハタケ~!」と超絶にカン高い声を出す。

 

◇悪い男&2人のキャバ嬢 (ミーハー系)

ちょっと悪い風の男1人と、いかにも水商売風の女性2人の3人組。指名しているキャバ嬢達を男が誘って連れて来た様で、キャバ嬢はボクシング生観戦は初らしい。畑山すらあまり知らない様で「ガチンコに出てたよね~」ぐらいの知識。前座の試合中は「キモい客がいてさ~」とかずっとキャピキャピおしゃべり。

セコンドの指示を無視する畑山

試合前、畑山がどういう戦い方を選ぶかにファンの話題は集中してた。

戦法の選択肢があるのは畑山だ。

 

初回、いきなり足を止めて打ち合い始めた。

観客は盛り上がってるけど…これでいくのか?

 

畑山のセコンドの通訳の人の声がとにかく大きい。インターバル中に張り上げてる言葉がハッキリと耳に届いた。

 

「リスクを取るな!距離をとれ!」

 

畑山は否定もせず、頷きもせず。
また次のラウンドも打ち合う。

 

試合前に話せば戦法を変えろと言われるから

陣営には言わなかったのだろうか。

試合が決まった瞬間から打ち合うと決めていたかの様に、足を止めて坂本とパンチを交換する姿が馴染んでる。

 

f:id:tokky7:20191008201034g:plain

 

5回あたりで畑山がフットワークを使い始めたが、それでも陣営がイメージする距離感ではなさそうだ。後から映像で見ると、試合全般を通してクリーンヒットは畑山が多いけど、現地で僕の席から観た印象は違って序盤戦は坂本が押してる様に見えた。

 

北海道女のカン高い声はよく通る。


ハタケいけ!ハタケいけ!

ハタケ~カッコいい!

 

カッコ良いは今言わんでもいいでしょ。

 

ゴルゴは序盤の坂本の攻勢時は立ち上がって声をだしていたけど、坂本の動きが鈍り始めると同時にだんだん静かになっていった。

 

7回あたり、ふと見るとそのゴツイ体系に似合わないポーズをしている。

両拳を胸の前で合わせて祈る様なポーズを取っている。声もほとんど出さなくなった。

 

坂本が耳から血を流し始めた終盤戦、ゴルゴはインターバル中もずっと祈りを崩さなかった。まるで瞑想している様だった。

 

中盤戦~試合終盤の場内の雰囲気は終始大歓声に包まれて、皆が応援したい方を声をからし応援する熱い空間。

 

今、自分達は名勝負を見ている。

全員そう思ってた。

 

試合前うるさかったキャバ嬢は驚くほど静かに観戦していた。

 

ノークリンチの美しい打ち合いが続く8回か9回のインターバル中だったと思う。

キャバ嬢は素直な感想を言葉にした。

 

「ねぇ。もう、どっちも負けにしたくない」

 

連れの悪い男は何も言わなかった。指名嬢の訴えをスルーするかと思ったら、間を置き一言だけ返した。

 

「そうだな。」

フィニッシュ・ブロー

9回終盤、坂本はもう限界を超えている様にみえた。本当に大丈夫なのか。

誰より畑山がそう思ってたはず。

 

そして10回、矢を射抜く様な右が坂本を打ち砕いた。

 

f:id:tokky7:20190917135128g:plain


このシーンを見て友人はこう言っている。
「坂本は倒れながら右を出そうとしている」


打とうとしている様に見えなくもないが、

真相はわからない。

終盤戦の事は戦った本人も記憶がないそうだ。


それほど壮絶な決着の瞬間。

 

試合終了。

 

北海道女は血管が切れるんじゃないかと思うぐらい大騒ぎしている。


ハタケ信じてた!ハタケ最高!

ハタケついてく!

いやいや、ついてくって…

 

悪い男とキャバ嬢は立ち上がって拍手してる。

 

「初めて見たけど、ボクシングって凄いね」

「こんなの滅多に見れねぇよ」

 

ゴルゴはさっきから動いてない。

 

坂本が倒れてから畑山のインタビューが始まるまでの間も立ち上がりもせず、声を出すこともなかった。

 

…とその瞬間、場内の一角から坂本コールが起きた。

 

リングを降りる坂本を見て、試合中は畑山を応援してた人達も、この好試合を作った坂本へ惜しみない感謝の思いをそれぞれ叫んでいる。

だんだんと輪になり広がっていく坂本コール。

 

その時、隣から嗚咽交じりの坂本コールが聞こえてきた。

 

「しゃっかもと。しゃっかもと。」

 

ゴルゴは泣いていた。

座ったまま、大粒の涙を流していた。

 

「しゃっかもと。しゃっかもと。」

 

しばらくすると指で涙を拭い出した。

この時、ティッシュを手渡し初めて彼に言葉をかけた。

 

「これ、良かったら使ってください」

「ありがとうございます」

 

これだけのやりとり。

この日、一緒に来た友人以外で彼とだけ言葉を交わした。

 

北海道女は畑山がリングから控室に戻る花道を狙って突進していき、すぐ見えなくなった。

 

悪い男&キャバ嬢達は出口に向かう様子。

その時…キャバ嬢が号泣しているゴルゴを見た。一瞬、ゴルゴに何か話しかけようとした様に見えたが、そのまま歩いていった。

 

素晴らしい試合の時に共通して言えるのは、
終了後もしばらく観客が帰らない事。


さすがにこの時は夜9時過ぎていたので何割かは出て行ったが、多くの人達はしばらくの間、眩しいリングを見つめていた。

 

f:id:tokky7:20191005211418j:plain 

名勝負なのかどうなのか

テレビ観戦した人の感想で「名勝負と呼ぶには畑山の一方的な試合じゃないか」という意見がある。当時も耳にしたし、今でもチラホラ聞く見解のひとつ。

 

これらの意見に共通するのは、二人が戦う背景やこの試合に至るストーリーをあまり知らず試合だけをテレビで観たパターンが多い。


それはそれでひとつの意見。

名勝負かどうかは見た人が決めれば良いし、10人10通りの見方があると思う。

 

この試合は坂本にとって最後の世界戦になった。本人もラストチャンスを自覚していただろう。間近で見るその戦いぶりは輝いていた。

 

勝った畑山もまた、この試合で燃え尽きたのだと思う。事実、これが彼の現役最後の勝利になった。この試合の後に2度の防衛戦を行うが引き分けと判定敗け。何かが宿った様なこの日のオーラをリングで発する事はもうなかった。モチベーション低下は畑山自身が著書の中でハッキリと認めている。

坂本博之が相手だから、この日の畑山が現れたのだと。

 

2000年の年間最高試合に選ばれたこの試合は名勝負以外の何でもない。

19年経った今も、そう思う。

 

語り継がれるスポーツの名場面は沢山ある。この年のシドニーオリンピックで金メダルを獲った高橋尚子は国民栄誉賞を受賞した。ぶっちぎりでゴールテープを切る名シーンは今も度々取り上げられる。


ボクシングというスポーツの名勝負の代名詞として、今もファンの語り草になる素晴らしい試合をしてくれた畑山と坂本。感謝しかない。

 

あの日あの場所で、熱い試合をありがとう。

ボクサーが与える影響について

畑山がセラノに勝ってから坂本戦までの間に出演した多くのメディアの中で、忘れられない番組がある。LUNASEAのギタリスト、SUGIZOとワインを飲みながらトークする番組で深夜に30分の枠だったが深くて良い話をしてた。

 

そこで畑山はミュージシャンという職業への尊敬の念を口にしている。

 

「それこそ死のうと思ってた人が、音楽聴いて頑張ろう!ってなる事があるワケじゃないですか。僕らとは与える影響が違いますよ」

 

もちろんテレビ映えとか、相手がSUGIZOだとか考えての発言なのだろうが、まったく心にない事を言ってる様には見えなかった。ある程度は本心なのだろう。確かにミュージシャンの影響力は凄い。

 

同じ視点で考えると、ボクシングの試合も時として見る人の人生に大きな影響を与える。畑山自身が辰吉の試合を見てボクシングを始めて人生を変えた様に、畑山を見てボクサーを志した人も沢山いる。

ボクサーでなくとも畑山vs坂本戦を見て「自分を奮起させたい時にこの試合を見る」「何かに負けそうな時、この試合を見ると勇気を貰える」

そう熱く話す人達を沢山見て来た。僕がこれまで出会った人達は、そのほんの一部のはずだ。

 

この番組は坂本戦の前の収録なので「自分は強い影響力のある試合はまだ残してない」

そういう思いもあっての発言だったのかもしれない。想像なので、違うかもしれないけど…どちらにせよ畑山vs坂本戦は沢山の人に長きに渡って良い影響を与える名勝負になった。

 

メモリアルファイト。

畑山はちゃんと残してくれた。

TV中継での違和感の正体

この日は9時半頃に横浜を出て、帰宅するとかなり遅い時間だったけど、そのまま録画をフルラウンド見た。

 

試合が終盤に差し掛かる頃、すごい違和感を感じた。解説の鬼塚が信じられない言葉を口にしている。

「もうね、ここまで来たら二人ともチャンピオンですよ」

「わぁ、鬼塚さん良いことをおっしゃいますねぇ」

 

いやいやいやいやいやいやいや。

 

ゲストで呼ばれたジャニーズか誰かがそれ言うならわかるけど、あの鬼塚勝也が!?

ストイックの代名詞、鬼塚勝也。

リングには勝者と敗者しか居ないし、自分は勝ちたいんですと。

現役時代、あんなにストイックに勝利に拘わり最後の試合では意識を失いながらも倒れる事を拒み続けた男。その鬼塚の口から「2人ともチャンピン」などとそんなセリフが出るなんて。

 

どう言語化すればいいのか…批判ではなく、
良い意味での驚き。ポジティブな違和感。

 

そんなちょっとお茶目なコメントを、終盤にしれっと差し込んで来た鬼塚に、それまで彼に感じた事のない何かを感じた瞬間だった。

 

試合前はうるさかったボクシング初見のキャバ嬢達が「どっちも負けにしたくない」そう言う試合なのだから、鬼塚のコメントは視聴者の気持ちを代弁したのかもしれない。

10月11日

あの日から今日で19年。

 

2019年になった現在、畑山と坂本は経営者、指導者として業界に関わり活躍している。

引退後は太るボクサーが多い中、この二人は今もさほど体形が変わらない。

そんな男達。控えめに言ってカッコいい。

 

あの日、多くの感情が交差した横浜アリーナ。

 

交した言葉は少なくとも、あの熱い空間を共にした観戦者達。

 

喫茶店のボクヲタ達は、あの名勝負を語り継いでくれてるだろうか。

 

北海道女は元気だろうか。

きっとあの後の畑山のリック吉村戦、ロルシー戦も会場でカン高いハタケコールを叫んでいたに違いない。

 

キャバ嬢達はどうしてるだろうか。

家庭を持ち、母親になっているのだろうか。

 

ゴルゴはどうしているかな。

どこかで会えたら、酒でも飲みたいな。

 

語り継ぐべき名勝負、

畑山隆則と坂本博之の試合。

 

これからも毎年、見返したい。


10月11日が来るたびに。