観戦記

憧れのラストファイト。長谷川穂積vsウーゴ・ルイス

毎年この日は胸がときめく。
9月16日。

 

日本のエース長谷川穂積のラストファイトの日。圧倒的不利とされながら、KO率89%を誇る強打の王者に見事に打ち勝ち3階級制覇を果たした歓喜のリングは忘れられない。

 

無敵のバンタム級時代、限界に挑んだフェザー級時代、生き様を見せたSバンタム級時代。稀代のスターボクサーは自らの拳で現役最後の試合を最高の花道で飾った。原点に還った長谷川穂積らしいボクシングと、9回のピンチの後の激しい「永遠の15秒」まで、観る者を魅了し続けた9.16の眩しい記憶。

 

あの熱い夜を振り返ります。

 

戦前の不利予想

バンタムとフェザーを制覇後、Sバンタムでの世界奪取を目指しキコ・マルチネスに敗れたのが2014年4月。

 

振り返れば幾度の試練を乗り越えてきた長谷川だけど、マルチネス戦からルイス戦に辿り着くまでの2年半は、彼にとって最も厳しく苦しい時間だったのではないだろうか。

 

マルチネス戦を最後に引退した方がいいというファンの声は少なくなかった。年齢的にも戦力の上積みは望みにくく、深いダメージを負う前に身を引いて欲しいという彼を心配すればこその意見。もしかしたら本人の元には想像以上にそういう声が多く届いていたかもしれない。

 

僕の意見もそれに近かったけど、本人が続けたいのなら出来る限り応援しようと決めていた。再起後は2015年にノンタイトル戦を2試合行うも、出来栄えが良いとは言えない試合ぶり。そんな中、WBC世界Sバンタム級王者ウーゴ・ルイスへの挑戦が決定した。

 

専門誌の予想は要約するとパワーのルイスとスピードの長谷川で、数値で言えば7-3ぐらいで長谷川不利としていた印象。ルイスは亀田興毅に判定負けしたイメージが強かったので最新試合の動画を探してチェックしたところ、長いリーチと強打は確かにやりにくそうに見える。

 

それでも長谷川ならそれに対応して左を当ててポイントをピックアップしていく展開も想像出来る。2015年12月の最新試合で2度もダウンを喫してなんとか判定勝利を掴むという姿を見せている事もあり、長谷川が不利とされるのは致し方ないながらも、勝てるパターンに持ち込める可能性はあると思っていた。

 

僕はプロボクサーですか?

ルイス戦が決まる前、世界挑戦を目指してノンタイトル戦を重ねている頃の長谷川から聞いた忘れられないコメントがある。長谷川ファンの小籔千豊の番組に出演した時、日本のエースは真剣な眼差しでこう言った。

 

「試合でクリンチした時に、普通はもっと打ち合えって言われるものなのに・・・それでいい。サイドにまわれ。そう言われるんです」

 

「お客さんにそう言われる様になったって事は、今の僕はプロとしての仕事が出来てないのかなって思うんです・・」

 

そう話す悩める表情の長谷川に、小籔は直球でこう返した。

 

「あのね。ファンはね。長谷川さんの”生き様”を見たくて試合を見るんやと思います」

 

「この人がどうなるかを見たいんです。

だからそんなん全然OKよ!

 

無茶苦茶 胸張っていい」

 

これを聞いた時、小藪って面白いだけじゃなくて良い男でもあったんだと感心したのを覚えている。

 

バンタム時代はロープを背にしての打ち合いでも負ける事などなかった。プロボクサー長谷川穂積が、この場でだけ吐露したリアルな悩み。僕は「生き様」と「勝利」はイコールではないと思っている。勝利も敗北も、勝ち方も負け方も全て含めて生き様だと。

 

辰吉ウィラポン2戦目の大阪ドーム。序盤戦で深いダメージを負った辰吉にファン達は叫んだ。「辰吉まわれ!まわれ!」「打ち合わなくて良い」「左を出してまわれ!」彼らがヒーローの延命を叫ぶ理由は何だったのか。逆転勝利を望むにはあまりにも絶望的なダメージ。試合を組み立て直して局面を打破する力が辰吉に残ってない事は、悲しい程に明らかだった。それでもファンはリング上の辰吉に延命を叫ぶ。「この次」はもうないかもしれない。あれは辰吉丈一郎の生き様を見届けたい一心での叫びだったように思う。

 

僕がボクシングというスポーツを好きな理由。それはリングに浮かび上がる生き様、熱狂、感動・・どれもが素晴らしくて、ボクシングでなければ満たされないものだから。自分と同じ1980年生まれの長谷川穂積という名王者への思い入れはハンパなく強い。本人が納得いくまで、生き様を見せて欲しい。

 

この試合の一か月前に発売されたボクシングマガジン9月号。表紙を飾ったのは長谷川だった。表紙の候補は複数人いたはずで、戦前のオッズだけを見れば最も不利とされていた長谷川を表紙に持って来ての、このタイトル。

 

「ONCE MORE 最後の野心」

 

いくらなんでもセンスがあり過ぎる。ボクマガ編集部の深いボクシング愛。一時代を築いた日本のエースへの熱い思いを感じずにはいられなかった。

 

勝利への道

2016年9月16日。

この日、長谷川穂積は生き様を見せた。

 

勝利を願うファン達の歓声が飛び交う中、試合開始のゴングが鳴り響く。家族も全員で見守っている。

 

今日、ウーゴ・ルイスに勝利する為の準備は全てやり切った。覚悟を決めた長谷川の表情に、悲壮感の類は全く感じられない。引き締まった良い表情をしているけど、相手のルイスも同様に良い表情。

 

初回。長谷川の脚と動きと繰り出すブローが想定より速い。右で距離を測ってから左ストレートをボディへ。当たる。

 

体格とリーチではルイス有利とさんざん言われていたけど、初回からそれを感じさせない程に長谷川の動きが良い。ラウンド終了間際に偶然のバッティングでルイスが鼻を負傷。偶然のバッティングでカットや負傷があった場合、傷を負ってない方から減点するというルール通り、長谷川から1点の減点が宣告された。

 

初回での相手のカットは、考え方によっては1点を失うよりも好都合かもしれない。今日はツキも味方してるかもしれない。ツキに見放される夜もある。それを乗り越えて辿り着いたリング。今日は味方して貰って何が悪い。

 

2回。長谷川の左のオーバーハンドが遠い距離からルイスの鼻先を捉える。打ち終わりを狙ってルイスも左フックを被せてきた。3回、4回もやりたい事が出来ているのは長谷川のほう。相手のパンチはブロックしつつ、自分のパンチをガードの上からでも連続で当ててリズムに乗りつつある。2回に貰った左フックを今度は長谷川がルイスに当てた。

 

4回が終了。WBCルールでは4回と8回終了時に採点を発表する。4回までの採点は、悪くてドローで1~2ポイントは長谷川が勝ってると思った。ところが・・・

 

4回終了時

・38-37 長谷川
・38-37 ルイス
・39-36 ルイス

 

なんと2-1でルイスを支持。この採点に場内からどよめきの声があがる。やはり誰もに長谷川ペースだと映っていた様で、解説の飯田覚士はハッキリとこう言った。「意外です。長谷川君が取ってると思った」

 

この採点を聞かされても5回の長谷川は戦い方を変えなかった。それでいい。きっと誰より点差に納得がいかなかったのは長谷川本人のはずだけど、脚を止めずに冷静なボクシングを続ける。時おり打ち合いに応じつつも、少ない被弾数で静と動のバランスを絶妙に使い分ける。

 

5回中盤、ルイスがラッシュを仕掛けてきた。採点はリードしていても、リング上で主導権を掌握していない自覚があったのだろう。長谷川を強引にロープに詰めて、左右の連打を振り回してくる。後に試合を振り返った時、長谷川はこう語っている。「5回のラッシュを受けた時、ルイスは詰める時の連打が直線的なパンチばかりになる。そう感じました」

 

突進をいなした後は長谷川の左が綺麗に決まる。ルイスは鼻血の量が増え苦しそう。6回から8回は完全に長谷川ペース。ルイスは長谷川の脚について来れない。ボディーから胸元への左ストレートが面白い様に当たる。右も当たる。

 

判定にもつれ込んだ時の事も考えてか、ラスト10秒でコンビネーションをまとめる長谷川。ここで長谷川がバッティングで左の目尻をカット。ルールに従って今度はルイスから1点減点が宣告された。8回が終了で2度目の公開採点。さすがにこの流れだと長谷川リードになっているはず。

 

8回終了時

・78-72  長谷川
・76-74  長谷川
・76-74  ルイス

 

2-1で長谷川リードの採点が発表されると大歓声。この試合を観る事を怖いと思いつつも誰もが期待していた歓喜の瞬間。それは夢じゃない。現実にやって来そうだ。

 

日本のエースの集大成

9回。公開採点での自分のリードをはっきり聞いてからコーナーを飛び出した長谷川。心なしかこれまでより近い距離で戦い始めた。

 

1分27秒頃。

 

ルイスの左アッパーが炸裂。

鈍い音をたてて日本のエースの顎を突き上げた。

 

 

まともに被弾した長谷川。

足元が揺れる。

 

明らかに効いた。
危ない。

 

時間を稼ごうとクリンチしても、ルイスはそれを振りほどいて追撃してくる。ファンの悲鳴と絶叫が入り混じり、心拍数が爆上がりする。

 

ポイントでリードするところまで来たのに・・どうする?この極限の状態の中で、長谷川は5回のルイスのラッシュを思い出していたという。「こいつは詰める時の連打が直線的なパンチばかりになる。頭の位置を変えながらフック主体で応戦すれば、打ち勝てる」

 

そこから約15秒間。

両者が命を削る打ち合いが披露された。

 

互いに貰うけど長谷川は頭が動いている分、芯は外してる。

 

頭の振りが少なく、直線的なパンチだけのルイスと上体を左右に大きく振りながら、フックを織り交ぜて打つ長谷川。

 

血しぶきが飛び散る。

激しい両腕の交差の連続。

 

的中率に差が出始めた。

 

日本のエースが繰り出すブローの方が
より深く相手を捉えていく。

 

ルイスの手が止まる。

 

全身全霊のラッシュを跳ね返されたルイスは、後退するしかなかった。

 

ロープを背にしながら打ち勝った長谷川が更に追撃。

 

血まみれで自らロープ際まで後退するルイス。

 

その視線は相手の方を見ていない。宙を彷徨っている様に見える。

 

王者の血まみれの顔面はどこまでが傷で、どこからが苦痛の表情なのか分からない程に変形していた。

 

穂積!穂積!穂積!穂積!

全観客が完全一致の穂積コール。

 

ルイスはもう押せば倒れそうだ。長谷川が王者を追いかける展開で9回が終了。

 

待ち望んだ歓喜の時が訪れた。10回開始のゴングにルイスは応じられない。9回終了ギブアップにより、チャンピオンが交代。

 

長谷川は歓声の渦の中心に立ち、レフェリーに手を上げられた。9月は台風の季節。この試合の前にも大きめの台風が日本を通過していたのを思い出す。試合終了の瞬間、人々の激しい叫びは台風そのものだった。

見せたかった景色

勝利者インタビューでマイクを向けられた新王者。第一声は「挑戦を受けてくれたルイスに感謝したい」と前王者への言葉から始まった。

 

そして噛み締める様に声を絞り出した。

 

「ここまで・・長かったです」

 

ジョニー・ゴンサレスに敗れたのが2011年4月8日。主戦場をSバンタム級に移してから5年半。キコ・マルチネス戦の後の果てしない喪失感が遠い世界の事のよう。まるであんな事は無かったの様な復活劇。でもそうじゃない。乗り越えてきた。あの敗戦を活かして這い上がってきた。

 

「勝って子供達をリングに上げたい。最後に上げたのは6年前のブルゴス戦、あの時とは違った景色を見せてあげたいんです」試合前にそう誓ってリングに上がり、約束通り世界王者に返り咲く父。

 

「お父さんの試合を観るのが怖い」

 

険しい再起ロードを歩む中、子供達にそう言われた事を長谷川は専門誌のインタビューで吐露している。ボクシング史に残る復活劇の主役となった父親と同じリングに上がったこの時、彼らの目に映ったのはどんな景色だったんだろうか。

 

花道を戻る新王者。

静かに駆け寄り、涙する泰子夫人。

 

無事にリングを降りてくれれば良い。悔いなく戦ってくれれば良い。きっとそう思ってこの日の戦いを見守っていたはず。とてつもない快挙を成し遂げ、途方もない感動をファンにプレゼントしてみせる自分の旦那をどう思ったのだろうか。

 

この上ない感激。ボクシングファンで良かったと心から思える瞬間。ただ応援し続けるだけで、こんなに素晴らしいリアルを見せて貰えるなんて。

 

テーマは「原点に還る」

長谷川の勝利を予想していたファンもいたけど、多くは「見届ける思い」のファンの方が多かった様に感じる。あの辰吉シリモンコン戦の様に。

 

試合前に、長谷川はこう話していた。

「死に場所が見つかって良かったと言う人もいますが、そんな風には考えていません。生きる場所が見つかったんです」
 

シリモンコン戦前の辰吉の言葉を思い出す。

「ボクシングをしても勝てないでしょう。喧嘩に持ち込む」

 

両者の言葉はそれぞれ意味は違うものの、ある共通のシンパシーを感じる。”原点に還る”という強い意志。

 

 

この日、長谷川は勝利にこだわった。最大のテーマは亡き母が好きだと言っていた「打たれないボクシング」をすること。世界戦でKOが増えるに連れて、階級アップでパワーを求められるに連れて自ら打ち合いに行き被弾シーンが増えた。いつしか観客に心配され、自分はプロとしての仕事が出来ているのか・・そう思い悩んだ日々を経て辿り着いた答え。

 

長谷川穂積の原点。

それは打たせない美しいボクシング。

 

そのボクシングで8回までポイントをリードし、9回のピンチから逆転した打ち合いもプロ40戦の経験+相手の癖を把握した中で勝機ありと考えての判断。2016年9月16日の長谷川穂積にしか出来ない試合だと思う。

 

「相手の攻撃が粗かったので、ここはチャンスだと判断しました。それまでのラウンドで打ち方の癖も読めていたので。タイミングをずらしながら打てば、打ち勝てると思った」その判断が出来る経験と努力、強いハート。

 

 

打ち勝てるという明確な根拠を冷静に持ちながらの打ち合いから、想定通りの結果まで含めて、母の裕美子さんが好きだった「美しい」ボクシングだった。彼のキャリアの集大成と言えるシーン。きっと裕美子さんも天国からこの試合を見守りながらこう思ったはず。

 

「最後に、穂積らしい試合をありがとう」

再会のふたり

この激闘の後、長谷川はチャンピオンのままベルトを返上し現役を引退した。素晴らしい引き際だったと思う。

 

語り継がれる2016.9.16から半年後、長谷川とルイスの再会の日を共有したい。宿敵モンティエルに会う為にメキシコに飛んだ長谷川を追うドキュメント番組内での一幕。長谷川がメキシコに来る事を聞いたルイスは、到着を待っていた。

 

「おお!ウーゴ・ルイス!」

 

死ぬ覚悟で殴り合った相手なのに、見つけた瞬間お互いに同時に駆け寄り、まるで長らく会えなかった友人を見つけたかの様な笑顔。

 

「久しぶり!元気だった?」

「元気だよ。あなたが来ると聞いて、待ってたんだ」

 

2人で食事しながら談笑。長谷川戦で負った傷がようやく治ったと話すルイス。「もうあなたとは戦いたくないよ」そう話す敗者も、その隣の勝者もすごく嬉しそうな表情。

 

戦ったボクサー同士の再会シーンの素晴らしさは言葉に出来ない。野球やサッカー、他のスポーツで対戦した選手達の再会シーンももちろん素晴らしいのだけど「お互いに死をも覚悟して打ち合う」ボクシングというスポーツならではの、特殊で希少な爽やかさがそこにはある。

 

そして再会シーンにこれだけ胸打たれるのは、2016.9.16の2人がそれだけ素晴らしい試合をしたという事だと思う。

 

長谷川穂積とウーゴ・ルイス。あの日あの場所で、途方もない感動をありがとう。

 

ライバルの言葉

この再会の時の長谷川とルイス。

2人の最後の会話。

 

このシーンがとても好きだ。

 

「チャンピオン・ベルトは持ち逃げかい?」

「もう、ハートが燃え尽きたから」

 

 

 

君に勝ったから。長谷川穂積 vsフェルナンド・モンティエル The REAL 4月30日はあの日。 長谷川穂積vsフェルナンド・モンティエル。 10年前の2010年4月30日。 日本武道館。   ...
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POSTED COMMENT

  1. みあか より:

    読んでいて、途中から涙で文字が見えなくなりました。
    「リングに浮かび上がる生き様、熱狂、感動・・どれもが素晴らしくて、ボクシングでなければ満たされないもの」
    まさにそれが魅力で、見届けたい理由なんだと思います。

    最近つくづく感じているのが、勝っても負けてもその人を好きなことに変わりはないということですかね。
    これもまた、人生と同じでした。

  2. tokky7 より:

    みあかさんへ

    ありがとうございます。まさに人生!という試合でした。本当に素晴らしいものを見せて貰えたファンは幸せですね。

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