進撃のボクヲタ

30代会社員のボクシング観戦記&その他の雑記

辰吉丈一郎がリングで泣いた夜。

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今日、11月22日はあの日。
辰吉丈一郎vsシリモンコンの日。

 

22年前の1997年11月22日。
大阪城ホール。

 

 

この日を振り返る時に、最初に浮かぶキーワードは"絶望"
なぜなら、この日にはもう戻れないから。

いつかタイムマシーンなるものが発明されるのであれば、それを使って未来から来た人がいるはずだけど、そういう人を誰も見た事がない。

つまりタイムマシーンは発明されない。
この何年先も。

 

現地観戦出来なかったこの日の大阪城ホールに行って、最高の瞬間を体感する事は出来ないという事実には絶望しかない。

 

だけど、辰吉がこの試合で見せたものは絶望と対局の"希望"の物語だった。

 

生き様、熱狂、感動。

観る者の魂を激しく揺さぶる戦いだった。

 

無敗で20歳のタイの若き英雄、シリモンコンコン・ナコントンパークビューに世界戦3連敗中の27歳、辰吉丈一郎が挑戦したWBC世界バンタム級タイトルマッチ。

 

山中慎介はこの試合を見てボクサーを志しているし、そういう選手は多い。選手だけじゃなくファンにとっても感動試合の共通言語。当時17歳の僕は現地に行けなかったけど、魂はそこにあった。

 

永遠のメモリアルファイト。

あの熱い夜の記憶を辿ります。

 

INDEX ・ルールすら変える辰吉の人気
・苦しい前哨戦
・本人も自覚の不利予想
・回想:栗田との会話
・少年が見たかったもの
・永遠のメモリアルファイト
・勝利者インタビュー
・辰吉寿以輝への思い
・試合の翌日の出来事

 

 

 

ルールすら変える辰吉の人気

影響力が大き過ぎるスターの場合、時にそのスポーツのルールすら変えてしまう。

網膜剥離を患ったボクサーの国内での試合は許可しない。それがJBC(日本ボクシングコミッション)の規定だった。

 

1994年。絶大な辰吉人気とファンの署名運動が世論を動かし、JBCはついに折れる。

網膜剥離を患ったボクサーの試合を「世界タイトル戦に限り許可する」とした。
そして実現した薬師寺戦。

 

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激闘の末に辰吉は敗れた。その後階級を変えて2度世界に挑戦するも勝利はならず、苦渋の世界戦3連敗。それでも現役続行を宣言する辰吉。

 

1997年7月26日の横浜アリーナ。
坂本・葛西のダブル世界戦の興行で辰吉がノンタイトル戦を行うと報道された。

世界前哨戦と銘打たれており、同時にJBCからはこう発表があった。

 

網膜剥離を患ったボクサーの試合を「世界タイトルマッチ及び、それに準ずる試合に限り許可する」国内での試合が認められない時代が続いていた事を思えば、JBCの軟化ぶりは凄い。この背景には一般ファンが知らない様な理由や事情もあったのかもしれないけど、間違いなく言える事は辰吉が必要とされたという事。

 

1度ならず2度までも、業界のルールすら変えた。彼が辰吉丈一郎だから。

苦しい前哨戦

1997年7月26日の横浜での世界前哨戦。

 

相手はSフライ級のメキシコ国内王者、リカルド・メディナ。この時の詳しい試合展開は覚えていないし、内容を振り返る興味もない。

 

結果は辰吉の判定勝ちだけど、記憶の中の感情は「苦しい」の一言。

 

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本人にすればもしかしたら故障を抱えてたかもしれないし、メディナ独自のやりにくさもあったのかもしれない。それは分からない。

 

1ファンとして、強い辰吉に憧れていた僕は観てて苦しかった。明らかな格下と接戦を演じる姿なんて見たくなかったから。

 

そしてこの試合から約1か月後 、辰吉の世界挑戦決定のニュースが飛び込んで来た。

 

「原点に還る」

 

サラゴサと争って来たスーパーバンタム級ではなく、バンタム級に階級を戻しての世界挑戦。

 

相手は無敗の王者。タイの若き英雄、シリモンコンだと発表された。

本人も自覚の不利予想

戦前の予想はもう、圧倒的に辰吉不利だった。

理由は大きく3点。

 

◇辰吉に全盛期のキレは期待出来ない説

世界戦3連敗中の辰吉。サラゴサに血だるまで応戦する姿に、世界を獲ったリチャードソン戦の様なキレは感じられず、久々にバンタムに階級を戻しての試合で、あの時の動きが蘇ると楽観視する理由がなかった。

 

◇前哨戦のクオリティ

決して出来が良いとは言えなかったメディナとの前哨戦。何発もクリーンヒットを当てていたのに、下の階級のメキシコ国内王者を圧倒できなかったのは事実。この1試合だけで判断するのは難しいけど、辰吉の最新の試合はこれだという現実があった。

 

◇シリモンコンの強さ

16戦無敗で20歳の若さ、怖いもの知らずで飛ぶ鳥を落とす勢い。

日本が誇るテクニシャン、川島郭志と激闘を演じたホセ・ルイス・ブエノを右一発で粉砕。辰吉に初黒星をつけたビクトル・ラバナレスに何もさせず完封勝ち。今後は複数階級制覇や米国進出のプランも浮上するタイの英雄。

文句の付けようがない強さだった。

 

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辰吉の事をよく知る人程、有利と言える材料を見つけられないでいた。辰吉を引退させるために組まれた試合…そんな表現さえ耳にした記憶もある。

 

辰吉自身が専門誌のインタビューで「7-3で不利でしょう」と発言しており「ボクシングでは勝てない、喧嘩に持ち込む」そんな表現をしていた。

 

◇当時の自分の予想

辰吉丈一郎というボクサーはサウスポーが苦手だと思う(本人は認めたくないだろうし、認める発言もしていないけど)サラゴサとの2試合と、この1年後のアヤラ戦でそう感じたファンは多いはず。

 

薬師寺戦以来、3年ぶりのオーソドックス右構えの相手との世界戦だから、仮に負けるにしてもサラゴサ戦より辰吉のパンチが当たるんじゃないか。サラゴサ戦では"相手がパンチを振る場所に辰吉の顔がある"そんな印象。1戦目でそれを体で覚えて挑んだはず再戦でも、懸命にサウスポー対策をやろうとしていたけど、打ち合いになると的中率で上を行かれる。

 

シリモンコンは若くて強いけどサウスポーではないし、試合の数自体はまだ少ない。
少ない穴を探すとすれば、力で相手を圧倒出来るが故の"荒さ"かもしれない。

 

サラゴサに単発でしか当てさせて貰えなかった得意の左ボディ、ノッて来た時の左右の連打が当たる期待が持てる反面、辰吉自身も被弾のリスクがある。ラバナレス初戦とサラゴサ初戦でグロッギーになった場面を思い出すと、タフな辰吉でも芯に貰えば倒される。

 

……そう考えると怖かった。
現実に起こる可能性を想像すると、恐ろしかった。

回想:栗田との会話

辰吉戦を語るうえで、必ず思い浮かぶ同級生がいる。高校で同じクラスだった栗田。

 

ボクシングファンの僕と違って彼はスポーツ全般をよく見ていて、ボクシング含め注目度の高い試合は必ず見ている。ちょっと偏屈なところがあって、嫌味を言ってくる奴だった。

 

回想:栗田との会話①

 

1996年3月3日の辰吉vsサラゴサ戦、辰吉は11回TKOで敗れた。

 

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試合後の記者会見で「皆さん僕の事、死んでくれと思ってるでしょうね。いっそ自分も死にたいですわ」そう言って頭を垂れた。記者会見の終了間際、辰吉は強い口調で記者達にこう言った。「もし体調のせいで負けたとか書いたら、全員しばくぞ」

 

翌日、その映像をニュースで見た栗田はこう言ってきた。「何?あの言いぐさ。なんで負けといて逆ギレするの」

「事実の通り完敗と報道してほしい、変な気遣いをされたくない思いと、色々な感情が高ぶったんだろう」

僕はそう答えたが、彼は納得出来ない顔をしていた。


回想:栗田との会話②


1997年4月14日の辰吉vsサラゴサ第2戦、辰吉は判定で敗れた。

 

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翌日、栗田はこう言ってきた。

「終盤はサラゴサ疲れてたね。判定はどう見てもサラゴサ勝ちやろ?」
「判定は文句言えん。終盤以外は取られた」

「なのに解説の原田さん、判定の前に辰吉、辰吉って言ってた。ようわからん」

「人によって見方も違えば、座る位置で見える角度も違うから」

「薬師寺戦の時も辰吉の顔の方がボッコボコなのに、判定の前に具志堅さんが辰吉、辰吉って言ってた。辰吉って贔屓されるよね。人気あるから。」

「見解が割れるのは、他の世界戦でもある事やから」

 

彼と会話する事が苦痛だったので、距離を置くようにしていた。

 


回想:栗田との会話③

 

辰吉のシリモンコンへの挑戦が決まった時、彼が話しかけて来た。

 

「辰吉の相手、強いって聞いたけど」

「そうね。強いよ」

「この前負けたばっかりなのに人気者だから、すぐチャンス貰える」

「だから何?何が言いたい」

「今回も無理やろ。どうせ」

 

"今回も無理" そういわれた瞬間、気がついたら彼の胸ぐらを掴んでいた。
周りの友人が止めに入って、それ以上は何も起きなかった。

 

 

 

少年が見たかったもの

試合当日、会場に向かうファンの心理は大きく2通りあったと思う。

辰吉が起こす奇跡を信じている。もしくは…
辰吉の最後の試合をこの目で見届ける。

たとえ何が起きようとも。

 

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朗読家であり作家の福島泰樹氏はこの日、会場に向かう途中でこんな光景に出会ったと言っている。

 

大阪城ホールの入口前、あどけない顔の少年がダフ屋とチケット交渉をしていた。

 

「1万円しかないんですけど…」

 

この子にとって1万円は目が飛び出る程の大金に違いない。怖そうなおじさん相手に必死の商談を成立させた少年。話しかけると、彼はこう答えた。


「勇気を学びに行くんです」

 

それこそがボクサー辰吉丈一郎を根底から支える全国何万何千の代弁だったはず。
この夜、辰吉はその思いを裏切らなかった。

永遠のメモリアルファイト

初回、辰吉は相手の動きがよく見えている。

 

シリモンコンの左右をダッキングで交わした後、左ジャブをクリーンヒットさせた。

辰吉が勝つ時は1ラウンド目を必ず取る。
いいぞ、取ってる。

 

3回、辰吉はプレスを強めて強引にシリモンコンの懐に入ろうとするが、空振りの後で大きな右を貰った。

 

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4回、試合が動く。

辰吉の右がカウンター気味にヒット。

相手がグラついた攻め時を見逃さず、集中打を浴びせる辰吉。期待に胸を膨らませたファン達の大歓声の中、4回が終わった。

 

5回が始まる時、辰吉は両腕を仰ぐ様に回してファンに歓声を求めた。

 

「勝負にいくから、背中を押してくれ」

きっとそう言ってた。

 

辰吉の勝利は奇跡なんかじゃない。現実に起こりそうだ。4回の攻防でそれを感じ取った1万1千人はひとつになった。耳を劈く辰吉コール。

 

瞬間的な連打の回転力は、辰吉がシリモンコンを凌駕している。左が当たる。右も当たる。

 

無敗の王者の顔に余裕は1ミリも無い。完全アウェイのリングで、目の前の挑戦者は全てを賭けて自分を倒しに来ている。必死で応戦するシリモンコン。


「こんなに苦戦するシリモンコンは初めてです!」「大苦戦ですよ、大苦戦!」
次のクリーンヒットでダウンでも奪えそうな喧騒の中でも、解説の浜田さんは「王者が苦戦」というワードを連発していた。それ程に前評判の高かったシリモンコン。

僕らのカリスマはそんな王者を相手に今、分の良い打ち合いを演じている。

 

クライマックスへの第1段が訪れた。

5回1分54秒を過ぎたあたり、辰吉の渾身の左ボディーを脇腹に被弾したシリモンコンは体をくの字に折って、動きを止めた。

 

熱狂が渦巻く。

カウンター気味に右をねじ込む辰吉。

 

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シリモンコン、ダウン!

 

立ち上がった王者にとどめの一撃を狙う辰吉。もう一度倒せそうな惜しいタイミングで5回終了のゴング。自信満々で来日した無敗の王者は、自力でコーナーに帰れなかった。

セコンドから陣営が飛び出し、シリモンコンをコーナーに引き連れて行く。

 

このまま勝利が見れると期待したファンは次の6回、ジェットコースターの様に急激に違う景色を見せられた。

 

若さ故に、回復力も凄い20歳の王者。


蘇ったシリモンコンが生きたパンチで応戦してきた。振りかざす右には、まだ貫通力がある。

左フックが辰吉の顔面を捉えた。

 

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辰吉の動きが止まる。

諦めずに打ち返してくる右もまともに被弾した。

辰吉の足元がフラついたところで6回終了。

両者が効いていて、どうなるか分からない。


そして、運命の7回。

 

完全に勢いを取り戻したシリモンコンが前進してくる。力を込めた右を貰ってしまう辰吉。

 

もはや、これまでか…

 

そう思った次の瞬間、辰吉は一瞬の隙を見逃さなかった。

右ストレートから左ボディーが炸裂。

 

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シリモンコンは耐えられず崩れ落ちた。

どうしてここで、こんな1発が出るんだ。

凄過ぎる。

 

終わったか…?

シリモンコンは半分泣きながら立って来た。

 

浜田さんはもう、自分の希望を叫んでいる。

「この回で決めたい!この回で決めたい!」

 

誰もが待ち望んだその瞬間が訪れた。

 

僕らのカリスマは、棒立ちになった無敗の王者をサンドバックにした。

 

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全盛期は過ぎたなんて、誰が言ったんだ。

 

ここで魅せた美しい上下左右のコンビネーションは全盛期の辰吉のものだった。

 

グレグ・リチャードソンを圧倒して見せた、21歳の眩しい新王者。

 

あの時の憧れの辰吉丈一郎がそこにいた。

 

そして…

 

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リチャード・スティールが試合を止めた。

 

不死鳥、辰吉丈一郎。

世界王座返り咲きを果たした瞬間だった。

 

鈴木アナの絶叫がこだまする。
「スティールが止めたぁああああ」

 

浜田さんは辰吉が隣に居て握手でも交わしているかの様に「よくやった!よくやった!」そう叫んでいる。

 

狂喜乱舞。他の言葉は見つからない。

 

両陣営がリングになだれ込んでくる光景がやけにスローに見えた。

 

夢じゃない。辰吉が勝った。
本当に勝った。

 

テレビ画面がぼやけて見えなくなった。
気がついたら、涙が溢れていた。

勝利者インタビュー

マイクを向けられた新王者の第一声。

 

「ずっと自分の為にボクシングやってきて…ファンの為にやってる訳じゃないんですよ。なのにこんなに応援してくれてね、僕みたいな人間を。ありがとうございます」

 

そう言いながら辰吉は泣いた。

 

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そして、亡き人となった恩人達の名前をあげた。辰吉丈一郎を全霊で応援しながらも、この日の勝利を見届ける事なく天国へと旅立った3人の名前。

「今日の事を、伝えたい」

3人目の名前は、嗚咽で言葉にならなかった。

 

インタビューの後、2人の息子をリングで抱き上げる辰吉。腰に巻いたWBCの緑のベルトが眩しい。今日が最後の試合になるなんて、そんな心配をしてごめんなさい。

今日がこんな日になるなんて。

 

試合から3時間後のニュースの記憶も、まるで昨日の事の様に蘇る。この日の23時頃、スポーツニュース番組に薬師寺が出演していた。


この3年前に辰吉との激闘で日本中を熱狂させたかつてのライバル、薬師寺保栄。

番組内では辰吉の快挙を大々的に報じた後、司会者はごく自然な形で薬師寺にコメントを求めた。この時の彼の表情が忘れられない。

 

「自分の事の様に嬉しいです。どれだけ凄い事なのか、分かりますか?」

 

本当に、心の底からそう思っている表情をしていた。相手のシリモンコンの評価がどれ程高かったか、背水の陣から今日の勝利を掴むのがどれだけ大変な事なのか。辰吉の偉大さを視聴者に伝えようと必死で熱弁を振るう薬師寺。

これがボクサーという人種なのだろう。

試合から3時間経っているのに、そんな薬師寺を見るとまた熱いモノがこみ上げる。

 

ニュースが終わり、時計の針は23時40分。
もう少しで日付が変わる。

今日の事をきっと一生忘れないと思った。

 

あの日から22年経った今は、こんな事を考える。

 

試合前、なけなしの1万円を握りしめて「勇気を学びたい」そう言ってた少年はこの素晴らしい復活劇にどんな感想を持ったんだろうか。おそらく現在は30~40代ぐらいじゃないか。


この観戦記がもし彼の目に届く事があったら、会えるかな。

 

もしどこかで会えるなら、語り合いたい。
1997年11月22日の夜の事を。

辰吉寿以輝への思い

この日、シリモンコンに勝った後で二人の子供をリングにあげた辰吉。

 

肩車しているのが長男の寿希也で、泣き顔の小さい子が次男の寿以輝。

 

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2019年の現在、次男の辰吉寿以輝はプロボクサーとして連勝中。日本ランク入りを掛けた大勝負を来月に控えている。

 

彼のツイッターをフォローしているとある日、

とても素敵なツイートが流れて来た。

 

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「今日は父ちゃんと2人でクリードを見て来た。最高の映画!!」


こんなに胸が熱くなる"映画観ましたツイート"がこの世にあっていいのか。

ボクシングファンという人種は恵まれている。SNSを眺めるだけで、何気ない日常の中に不意にこんな嬉しい瞬間が舞い降りてくる。

 

つい反射的に彼にリプを送ってしまった。

「辰吉丈一郎と2人で見るクリード、最高ですね!」

すると、一般ファンの僕に彼は返信をくれた。
他の人にも丁寧に返信している。

噂通りの好青年。

 

僕は辰吉寿以輝という男を尊敬している。

 

別の業界であれば、親の七光りで良い仕事が貰えるケースもあるかもしれない。
ボクシングはリングの中では2人だけ。王者になれる保証なんて何もない。それどころか自分の試合によって、偉大な父親の名前に傷をつける事も無いとは言い切れない。

 

拳だけで全ての証明を求められるリング。

 

そのリングで辰吉の名を背負って戦う覚悟を決めた男。もう、それだけで尊敬に値する。

 

井上尚弥と同じ様に早くに結婚して家庭を持ち、家族を大事にしている様子からは絶大な安定感も感じる。

 

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試合中に相手と向き合う時の、背中のシルエットは父親によく似ている。

 

父親譲りの角度の良いボディーブローが入る度、胸が高鳴る。

 

勝ち続けて、いつの日か挑んで欲しい。

あなたの父ちゃんが居た場所に。

試合の翌日の出来事

回想:栗田との会話④ 

 

試合の翌日、1997年11月23日。

 

僕は栗田が言ってきそうな事を予め想定しておいた。シリモンコンの減量苦の事とか、奴が難癖をつけてきそうな事の検討はついているので、今日は大人の対応が出来るだろう。

 

教室に入ると栗田はもう来ていた。
僕が席に座ると、彼がこちらに歩いて来る。

 

彼が発したのは意外な言葉だった。

 

「辰吉、勝ったから防衛戦やるんやろ?」

 

想定外の質問に戸惑いながらも、聞かれた事にそのまま答えた。

 

「もちろんやるよ。勝ったからね」

 「いつ頃?場所はどこでやる?」

 

どうやら辰吉がKOしたのはシリモンコンだけではなかったらしい。
彼は少し間を置いてから、更にこう聞いてきた。

 

「ボクシングのチケットって、いくらするん?」