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辰吉vs薬師寺戦と映画「ショーシャンクの空に」

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今日、12月4日はあの日。
辰吉vs薬師寺戦の日。

25年前の1994年12月4日。
名古屋レインボーホール。
(現:日本ガイシスポーツプラザ)

日本中が熱狂した名勝負の代名詞。
当時、辰吉は「試合は作品と思ってる」そう言っていた。本人は負けた試合をそう呼ばれる事は嫌だろうけど、この試合は日本ボクシング界が生んだ"名作"だと思う。薬師寺保栄の戦いぶりと試合後のコメントも素晴らし過ぎた。

注目度、影響力、試合内容の全てが揃う希少な名作。

この1994年、映画界からも名作「ショーシャンクの空に」が生まれた。

詳しい映画好きの人からそうでない人まで誰もが1度は見ており、心打たれる名画として25年経った今も語り継がれている。

今年の5月。転職先の歓迎会で趣味を聞かれボクシングの話をした際、新しい上司はこう言ってくれた。「辰吉vs薬師寺戦は凄かったね。試合も、盛り上がりぶりも何もかも」

2次会で20代の女性社員と映画の話になった時も、その作品名があがる。「ショーシャンクの空には私の希望の光なんです。あれを超える映画にはまだ出会ってません」

この年に生まれた、2つの名作には共通点があると思う。

試合終了直後の抱擁と、映画のラストシーンの抱擁を見た時に降りて来た言葉は同じだった。

当時14歳だった僕は何を感じていたのか。
あの熱い夜の記憶を辿ります。

INDEX

加熱するマスコミと試合予想

戦前の予想はもう、これでもかの辰吉賛美。

両選手が戦ったホセフィノ・スアレスを軸にして考えると、3回KO勝ちの辰吉と10回までかかった薬師寺。普通はそんな単純比較できないけど、今の2人の実力差はそれぐらいあるんじゃないか。そんな声が多かった。

辺丁一との再戦で5度倒して11回TKO勝ちした薬師寺を見て「あれなら、勝負にはなるんじゃないか」そんな言われ方をするぐらい辰吉丈一郎は強かったし人気も凄まじかった。網膜剥離を患ったボクサーの国内試合は認めないのがJBCの規定だったのに、あまりの人気にルールすら変えてしまう程の存在。

特例で認められた世紀の一戦だった。

ファイトマネーは両者合わせて約3億4千万円。

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専門誌以外の一般紙でも二人の顔を見ない日はなかった。

辰吉vsシリモンコン戦の観戦記にも登場している同じクラスの同級生、栗田の予想は辰吉の判定勝ち。僕は辰吉の9回TKO勝ちを予想していた。

敗者なきゴング

初回の辰吉は軽快なリズムでステップワークを踏み、パンチを避けた後に「ここだよ」と肩を叩くパフォーマンス。

この試合を決定付けたのは2回の攻防だった。

距離を詰めていった辰吉は左をかわされて逆に薬師寺の右を貰う。普通にガードを左頬まで上げていれば貰わずに済むはずの右を、ガードが低いから被弾してしまう。

幾度となく起きる被弾の仕方だが、この後も辰吉がガードを上げて戦う事はなかった。

「理由はその方が打ちやすいからだ」と実況の塩見アナウンサーは言っているけど、本当にそうなんだろうか。

3回、辰吉がプレス強めるが薬師寺も打ち返す。右を貰う辰吉。

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これもガードさえ上げてれば、貰わないパンチ。圧勝して見せると言った相手にガードなんて上げてられない…

そんなプライドがあるんじゃないか。

4回、揉み合いの中で薬師寺を投げ倒してしまう辰吉。終了間際のロープ際での辰吉のラッシュに大歓声が沸き上がるけど的中率は低い。薬師寺はよく見てる。

5回、辰吉の左目の腫れが目立って来た。

試合の流れを引き寄せようと前進して左右のコンビネーションを放つ辰吉。

薬師寺は辰吉とのロープ際での攻防対策をきっと何千回と想定していたんだと思う。手数と体の動きを止めずに必ず打ちながら体制を入れ替えた。

5回終了間際、美しい打ち合い。

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薬師寺はスアレス戦や辺丁一戦では要所でクリンチワークを使っていたのに、この試合ではクリンチをしない。

どんな場面でも必ず打ちながら冷静に動いて体制を入れかえた。

6~7回、辰吉は左目の腫れに加え鼻血も出てきてる。薬師寺の左右の的中率が更に上がってきた。中盤戦でのクリーンヒットは明確に薬師寺。

7回終了にも薬師寺の左右がヒット。

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辰吉は反応しているけど、避け切れない。

中盤の劣勢を巻き返す為に、10回に山場を作ろうとする辰吉。右ストレートが薬師寺の顔をきれいに捉えた。名物オヤジが立ち上がってパンフレットを振り回す。

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辰吉は前に出続けているけど、クリーンヒットは単発で終わってしまうのに対して薬師寺の左右は連続で辰吉を捉えるシーンが目立つ。

11回、薬師寺の猛攻に首を左右に振る辰吉。

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最終回、両者の意地がぶつかり合うノークリンチでの打ち合い。会場の大歓声で実況の声も聞こえ辛いぐらいだった。

試合終了の瞬間。

抱き合う両雄を見て映画のワンシーンの様だという感想ではなく、この年の名画のラストシーンと"重なった"

勝敗は判定に委ねられた世紀の一戦。

116-112 薬師寺
114-114 ドロー
115-114 薬師寺

2-0で薬師寺が勝利した。

勝利者インタビューと敗者の控室

勝者の本音。

勝利者インタビューでの薬師寺のコメントはライバルを認め、称えたい心が伝わる素晴らしい言葉だった。

「今日勝てたのはただの運です。どっちが勝ってもおかしくなかった試合。辰吉君、間違いなく今までで最強の相手でした」

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僕は辰吉ファンだったし、辰吉を応援していたけど試合内容は明らかに薬師寺の勝ち。運ではなく実力で勝った試合の後の、彼のこのコメントは惹かれるものがあった。

そして、敗者の本音。

試合後の辰吉の控室には記者達が大挙して押し寄せていた。

「彼は強かったよ。色々言った事を謝りたい」

痛々しい目の傷を隠す事もなく、戦いを終えた戦士は素直な本音だけを言葉にしていると思う。

その時、彼の子供の声が聞こえた。

「寿希也か?おいで。パパやで」

試合終了後からそれまで涙は見せてなかった辰吉だが、2歳の長男を抱きあげた途端、声を殺して泣き始めた。

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「ごめん…ごめんな。」

ボクサーの涙には悔し涙もあれば、嬉し涙もある。この日の涙は悔しさと悲しさからだろうか。

当時の辰吉丈一郎は24歳。

その若さで立派だよ。

2人とも本当に凄かった。

回想:栗田との会話

この試合で薬師寺保栄は一躍時の人となり、年末年始など見ない日がない程に各種メディアから引っ張りだこになっていた。

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辰吉も試合に敗れたとはいえ、その戦いぶりに胸打たれたファンは減るどころが倍増した様な感覚。全国のボクシングジムで急激に新規入会者が増える程の社会現象。

今と違ってSNSや動画サイトなどはない。テレビ、新聞、雑誌が情報源のすべてだった当時。

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書店にはこの試合関連の特集記事が載った専門誌、雑誌が数多く並べられた。いわゆるフツーのアダルト系雑誌にすら特集が組まれていた記憶もある。なぜそんなの見てるのかって?

14歳だもの。

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このワールドボクシングの特集号を何度も読みふけった当時が懐かしい。

試合の翌日は学校でもこの試合の話題で持ち切り。このワーボク特集号を友人と貸し借りしたり、担任の先生も交えて試合の感想や辰吉の今後について会話した。

「辰吉がやりたいのなら続けて欲しい」
「拳の負傷があったなら次は万全で見たいよね」

誰もがそういう中で、一人だけ別の意見の男。
栗田だけはこう言っていた。

「確かに凄い試合やったよ。想像以上の試合。でも負けたら引退は男が口にした事やろう。引退すべきやと思う」

この後、辰吉が現役続行を発表した時も彼は納得いかないと言っていたが、辰吉がダウンタウンの番組に出た時など、僕が見逃しても彼は録画してたりした。好きなのか?と聞くとそうじゃないと言っていたが、なんだかんだ辰吉の事が気になるらしい。この試合の前後のインタビューまで収録したVHS「敗者なきゴング」

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このVHSを買った話をしたら、最初に貸してくれと言ってきたのも栗田だった。

18年後の再会

伝説試合から18年後の2012年。

2人は番組の企画で再会して当時の事を本音で語り合った。

特に辰吉の方が、この時初めて語る本音を沢山話してくれたと思う。

再会した両雄。

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練習があるとの事でジャージ姿で現れた辰吉に薬師寺から声をかける。「やっぱりジャージで来たね!」「ジャージよ」その会話から始まった。

薬師寺は今でも毎日、必ず誰かに辰吉戦の話をされるという。あの試合での勝利は彼の人生最大のターニングポイントであり、誇りだろう。

「今だに辰吉戦の事、毎日の様に聞かれるよ。そっちはどう?」
「こっちは負けとるからね。あんなの見るな!って言ってる」

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そして試合の映像を、初めて2人で一緒に見返していく。

素晴らしい神企画。

和やかな雰囲気が打って変わり、試合映像を見る二人は真剣そのもの。

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当時、試合前の互いを挑発し合う舌戦は凄かった。

特に目立っていた辰吉の煽り。「世紀の一戦?相手がアレじゃあ」「8回までには寝るでしょう。グッバイ!」そういって挑発する過去映像を見た18年後の辰吉の率直なコメント。

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「こんな失礼な事言ってたんや」「言いたい放題やな笑」

そこで薬師寺が良い質問をしてくれた。

「マスコミにはこう言ってたけど、本音は俺の事どう見てた?」

いいね~!今だからこそ聞ける質問だし、本音を聞きたい。辰吉は本当に正直に当時の心境を話してくれた。

「薬師寺さんの実力は分かってたから。口では任せろと言うとったけど、内心は切羽詰まってるよ」

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そして度々指摘されてきたノーガードのスタイルについても本音を話した。

あれはプライドだったと。

"無意味"というワードを自分から出した事に正直驚いた。

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「あれだけの事を試合前に言うといて、ガードなんて上げれんのよ。言うてる意味わかる?」

「うん。わかるよ」

そう答える薬師寺の目は優しい。

辰吉の拳が初回で折れてた事に関しては、どちらも何も触れなかった。そんなヤボな事を今さら話す意味は何も無いんだろう。

試合の映像を見ながら薬師寺が思い出した様に呟く。

「ほとんどクリンチしなかったよね。お互いに」それに対する辰吉の返しが面白い。

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「男同士で抱きつきあうのも、どうかと思うから」「そういう問題じゃなくてさ、技術の話だから笑」戦った2人のなんとも微笑ましいやり取り。

ただ…辰吉のこの言葉、実は本音じゃないか?と思ったりする。

ラバナレス、サラゴサ…そしてあのウィラポン戦。効かされて普通ならクリンチで凌ぐ様な場面でも彼は絶対にクリンチという行為をしなかった。

ウィラポン第1戦での最初のダウンの後、ダメージ濃厚な中でもクリンチせずにロープ際で打ち返そうとした結果、壮絶に散った。

辰吉丈一郎がガードを上げなかった理由とクリンチをしなかった理由は、もしかしたら同じかもしれない。常に自分の中の理想を追いかけてきた彼だから…この俺がクリンチなんてしてたまるか。あくまで推測だけど、そういう思いがあったのかもしれない。

死闘を12ラウンドまで振り返った後、薬師寺は辰吉に感想を聞いた。

「最後まで見て今、どう思う?」

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「弱いな」と一言。

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「18年経ってるのに今もこんな負け試合を見せられて。ちょっとした罰ゲームでしょ!」

罰ゲームどころか…あなた達2人の試合がきっかけでボクサーを志し、人生を変えた人が一体何人いる事か。

そして試合終了の瞬間に、辰吉が薬師寺にかけた言葉に触れる。

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「『色々言ってごめん。強かったよ。ありがとう』そう言われた瞬間に、俺は全て許せたんだよ。覚えてる?」

「覚えてるよ」

当時の事を思い出しながらこの会話を聞いてると全てが感慨深く、懐かしく、感動的。

何なんだこの神企画。

ぜひとも畑山vs坂本戦、井岡vs八重樫戦でもやっていただきたい。

ショーシャンクの空に

同じ1994年に生み出された「ショーシャンクの空に」この試合が名勝負の代名詞である様に、名画の代名詞の様な映画。

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無実の罪で収監されたアンディ(ティム・ロビンス)と長年服役するレッド(モーガン・フリーマン)が、人間の残酷さ、人間の強さ、友情、希望を信じる意味を教えてくれる名作。

刑務所内で酷い仕打ちを受けながらも、勇気と知恵を振り絞って脱獄に成功したアンディ。レッドは服役40年目にしてようやく仮釈放されるも、外の生活に順応できずに再び悲劇への道を辿りかけてしまう。

そんな中、アンディの伝言を信じてメキシコのジワタネホへ向かったレッド。

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青い海でアンディと再会し、喜びの抱擁を交わすラストシーン。

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辰吉と薬師寺の試合直後の抱擁と、このラストシーンのアンディとレッドの抱擁。

目にした時に感じたものは同じだった。

なんて綺麗なんだ。そう思った。

こんなに綺麗な男同士の抱擁があるのかと。

熱い抱擁に辿り着くまでのストーリーを回想すると、2つの名作には通じるものがある。

窮地に立たされても自分を信じる強さ。
目の前の惨劇や悲しみから逃げずに向き合う強さ。

愚直に信念を貫き、僅かに見えた希望を掴む。

そしてこれからも、人生は続いていく…。

そんな映画だったし、そんな試合だった。

この映画のラストシーンに全世界の一体何人が感動し、人生のヒントを得て今を生きているのだろうか。

この試合のラストシーンに一体何人が胸を熱く焦がし、25年経った今も忘れられずにいるのだろうか。

先日の井上ドネア戦を見た女優の柴咲コウのツイートは素晴らしかった。
「WBSS決勝、息を飲んで見入りました。君は人生をどう生きる?そう問われている様でした。」

名勝負は時として、それを観る者に人生を問いかける。この”敗者なきゴング”もまた、そういう試合。

辰吉は絶対に負けられない試合だったし、薬師寺は勝たなければ人生が変わらない試合だった。リングに浮かび上がった2人の生き様。人生との闘いは誰もを魅了した。

これからもこの激闘は名勝負として語られ続けるのだと思うし、1ファンとしても節目節目で発信し続けていきたい。

辰吉丈一郎と薬師寺保栄。
あの日あの場所で、熱い試合をありがとう。

別れ際の言葉

再会の企画の収録が終わり、今日もこれから練習だと言って現場を後にする辰吉。

「試合が決まるなら俺、見に行くよ。見届けたい」

そう声をかける薬師寺に対して、
辰吉は恥ずかしそうにこう言った。

「見やんといて」

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