拳人のセカンドキャリア#13はこのお方です。名門大橋ジムの創成期を盛り上げた炎のファイター、ホーク柳こと高柳邦久さん。第二の人生では19年間のヤマト運輸ドライバー時代を経て、現在は電気工事士として活躍中です。ボクサー時代の思い出から大橋会長との楽しいエピソード、配送ドライバーから現職のやりがいまでがっつりと聞いております。
やんちゃ少年の初めての挫折
現役時代のリングネームはホーク柳。本名は高柳邦久さん。親しみを込めてホークさんと呼ばせていただきます。少年時代のホークさんはどんな人でしたか?
「いじめっ子に立ち向かうヤンキーでした。休憩時間にボクシングごっこというルールのある殴り合いでいじめっこをボコボコにしてやり返したり、中学高校時代は暴走族的な事をしてお巡りさんに捕まってました。そんな少年時代です」

出ましたやんちゃ坊主。そこからボクシングを始めるまでの経緯を教えてください。
「高校を卒業して就職したけどその仕事は辞める事になり、次は何をしようかと思った時にウチの近くに大橋ボクシングジムがオープンしたんです。ジムの看板が視界に入って、よし世界チャンピオンになってやろうかと。それまでボクシングを興味深く見てたわけでもなく大橋会長の事も詳しくは知りませんでしたが、新規オープンなら馴染みやすそうだし、慣れ親しんだ横浜でなら腰を据えて取り組める。俺が本気で目指せば行けるだろう!というノリでした」
新規オープン、通いやすい場所、ノリと勢いが揃って門を叩いた感じだったんですね。
「プロ志望で入ったんですけど、その時めちゃくちゃ太ってたので、大橋会長に《君はプロ志望じゃないよね?》と言われて、ダイエット目的ですと言って入会。僕が21歳で大橋会長が28歳ぐらいの頃でした。頑張って痩せてから、実はプロ志望ですと告白しました(笑)」
ホーク柳というリングネームの由来がずっと気になっております。
「高柳なので、鷹がホークなのでホーク柳です。当時は動物系リングネームが流行りでした。プロテストに合格して一ヵ月後にデビュー戦だったのですが結果は初回KO負け。地元じゃ負け知らずで自分は強い人間だと思ってたのに…こんなにすぐ終わってしまうのかとショックでした。当時の大橋ジムにあったリングは試合のサイズの3分の2ぐらいだったので、ジムでのスパーでは相手をコーナーに追い詰められたんですけど、実際のリングは広くて追い詰められなかったですね」
負けて泣くな。勝って泣け!
ホークさんにとって大橋会長はどんな存在でしたか?当時は会長が直接指導していたので、今とは違って選手と近しい距離感だったんだろうと思うのですが。
「大橋会長はジムの会長であり、7歳上の兄の様であり、飲み友達でもあり…僕はとても親しい距離感で可愛がって貰ってました。結婚式にも来てくれたし、子供が生まれた時も会いに来てくれたし、怪我で入院した時もお見舞いに来てくれました。現役中は私生活の事でよく怒られてましたね。試合に勝った時はすごく褒めてくれるので、会長の喜ぶ顔は強いモチベーションでした」

心に響いて今でも覚えている大橋会長の言葉、何かありそうですね。
「負けて泣くな。勝って泣け!です。試合に負けて泣きそうな顔をしてた時にかけてくれた言葉です。勝っても嬉しいだけなので、勝った時に涙が出る感情は僕には無いんですが、とても印象的で今でも覚えています。それ以降は負けても泣かない様になりました」
自身の現役時代も負けて泣く事はなかった大橋会長らしい良い言葉です。現役時代を振り返り、他のエピソードもお聞きしたいです。
ベストファイトは地上波で放送
「自分で振り返るベストファイトは15戦目でビクトリージムの濱口健一郎選手に2回TKO勝ちした試合です。後に引退の理由になる頸椎はその時に既に痛めてて、2回に倒されたけど開き直って攻めて逆転KO勝ち。一番嬉しかった試合ですね。初めてテレビで自分の試合が放送されたのもこの時だったんです。嬉しそうに会長が駆け寄って来てくれたのが忘れられません」
思い出深い秋田や広島への旅行
「試合に勝った後、そのまま寝ずに友達と車で旅行に行ったのが楽しかったなぁ。奥さんの地元の秋田まで車で行ったんです。あとは大橋会長に色々な所に連れて行ってもらいました。会長が講演会で呼ばれて広島に行く時に、同行して会長とスパーを披露するのが僕の役目でした」
好きなボクシングを続けられない辛さ
「減量を辛いと思った事は一度もありません。辛い事に耐えてる自分に酔っていられるので。辛かったのはボクシングを続けたいのに、怪我で引退しなければならないという事実と向き合う事。そのことが何より辛かったです。怪我の原因になったスパーを今でも覚えてます。ある練習生とスパーした時に、その子がケンカ殺法で打って来て。ストップって言われた時に上から首をバチンと殴られて。それで頸椎を痛めたっぽいんですよね」
配送先の家族を見守ったドライバー時代
ここからセカンドキャリアのお話に入って行きます。引退後の仕事について教えてください。
「ボクサー引退が27歳。近所に配達に来てくれるヤマト運輸の人がいつもニコニコして楽しそうだったので話しかけたのがきっかけで、仕事内容を聞くうちに興味を持って入社しました。19年在籍したので今のところ人生で一番長く働いた会社です。センター長含め配送ドライバーを18年、最後の1年は役職候補でマネジメントのポジション。ドライバーは指定された場所に荷物を運ぶ仕事で基本は一人作業です。首の古傷が痛んで運転中に事故を起こしてしまい、運転の必要が無いセンター長に異動したんですけど、ドライバー時代の仕事なら沢山語れます!」
配送ドライバーの仕事の内容とやりがいについてお聞かせください。
「個人宅・企業への荷物の配達、不在時の対応や配送に使う車両の点検・清掃がメインです。お客さんから直接ありがとうと感謝される機会が多くて、配達を通じて顔なじみのお客さんが増えていく事が楽しいです」

人の役に立っていることを実感しやすそうですね。
「お客さんに喜んで貰えた時に、とてもやりがいを感じます。その成果を社内で表彰された事もありました。僕が在籍してた配達センターの成績が日本一になったんです。12月1日はお歳暮の始まりの日で、デパートから頼まれたお歳暮が全部来るんですが、一人平均200個運ぶところを380個運んだんです!一緒にやってきたチームの皆が頑張った結果なので嬉しかったですね。僕が育てた後輩もその中にいたので良い思い出です。僕はたまたま公休だったので心から喜べないんですけどね(笑)」
配達先の子供が成長していく過程
配達を通じて顔なじみのお客様との繋がりも出来て来るかと思います。思い出深いエピソードがあれば教えてください。
「記事に使えそうな良いネタは無いですよ……あ!ありました。18年ずっと同じエリアを担当したので、小学生だった子供が成長して社会人になる姿を見守れます。夜にピンポン鳴らしたら小学2年生の女の子が出て来て、お父さんかお母さんいる?って聞いたら居ないと言うので、それなら開けなくていいよと言ったけどドアを開けてくれたんです。危ないから俺じゃなかったら開けない方がいいよと言ったのが最初の配達でした。その後も配達に行くとその子が出て来てくれて中学生になり、高校生になり大きくなっていくんです。ある時から、荷物を届けてもその子の姿が見えなくなりました。お母さんに、あの子は元気ですか?と聞いたら《東京の大学に行ってるんですよ。もうすぐ卒業するので、帰ってきたらまた荷物運んでくださいね。高柳さんに会いたがってるから》と言われた後、荷物を届けた時に久々にその子に再会出来ました。高柳さんに会えて嬉しい!と満面の笑顔で喜んでくれて…こっちも嬉しいですよね。この仕事を長くやってて良かったなぁと。お客さんの子供の成長を見れるって凄い嬉しいですよ」
それは…良い話すぎます。信頼されてたホークさんだからこそのエピソードですね。
「信頼して貰えるのは嬉しいです。話してて泣きそうになって来ました(笑) 毎日同じエリアを走って、長くやってるからこそ貰える感動です。18年ですから。皆どんどん大きくなって…お客さんなんですけど、もう少し近い距離感の《近所の子供たち》みたいなものですから」
長く配送ドライバーをやれば誰でも出来る話ではないと思います。危ないから開けなくてもいいというホークさんの優しい一言。早く配達を終わらせたいという考えがあってもおかしくないのに。そんな気遣いのある言葉をかける配達員ってめちゃ素敵です。
求められるクレームへの対応力
配送ドライバー業の大変な事、しんどいなと思うのはどういう時でしょうか。
「荷物を運び続けるので体力的にキツイです。それと昔の話ですが怖い先輩もいましたね。先輩の叱咤に耐えかねて辞める人も沢山いました。あとクレームへの対応力も求められます。配送の指定時間に遅れた時は、理由が車の渋滞や天災だったとしてもこちらが悪いので謝罪します。真摯に謝罪して次回から最善を尽くすのみです。偶然なのか何なのかクレーマーのお客さんの荷物に限って遅れて来るんですよね。今でも覚えてるのは荷物が少し濡れてるから原因を究明して欲しいというクレームです。営業所のメンバー総出で調査しても原因が分からずお詫びに行ったら、旦那さんが僕にクレームを言う後ろで奥さんがふんぞり返って…小学生くらいの子供がその場面をずっとスマホで動画撮影してるんです。証拠として撮影しておきなさいと親に言われたんだと思いますが、この子が大人になった時に当たり前の様にこういう事をやるんだろうなと思うと切なかったです」
子供が小学生から社会人になるまでを見守れる暖かなエピソードもあれば、一方でクレームへの謝罪の場面を動画撮影される事もある。配達先で経験する人間ドラマも様々ですね。
ドライバーで活かせるボクサーの強さ
配送ドライバーの仕事で、ボクサー経験が活きてるのはどんな事でしょうか。
地道な努力を続ける継続力
「ロードワークしてシャドーして減量して、1人で自分と向き合う時間が長いボクシング。配送ドライバーも基本は一人で、他の人が見てない所で日々を積み重ねる仕事です。それを続けられる継続力はボクサー時代に身に付けました」
厳しい減量を乗り越えた自己管理能力
「荷物を運び続ける仕事なので、とにかく体力的にキツイ。キツイのでしっかり体調管理する事がとても大切なんです。たまにハメを外す時があっても、生活リズムを崩さず自分を管理出来たのはボクサー経験が大きいです」
クレームや失敗を引きずらないメンタル
「時にはクレームが続いて精神的に苦しくなる時もあります。試合で負けたしても、次は勝つぞ!と自分を立て直すメンタルはボクシングで鍛えて来たものです。苦しい試合展開から逆転勝ちした試合もある。俺は出来る!と思えるんです」

ボクシングは死ぬことだってあり得る過酷なスポーツです。それをやっていたのだから、配送ドライバーをやってて死ぬことは無いしと思える考えはありますか?
「僕はボクシングで自分が死ぬんじゃないかって思った事は無いです。そういう事故が起こり得るスポーツだと知ってますが、自分がそうなるもしれないと思った事は一度もありません。言い換えると、自分はそうならないぞ!という思い込みです。そうじゃないとやれないと思います」
成長中!電気工事士としての日々
ここから現職のお話に移ります。ホークさんの現在の職業は湘南システム株式会社での電気工事士。ヤマト運輸からの転職の経緯についてお聞かせください。
「役職者としてのマネジメントには向いておらず、首の痛みで配送ドライバーも出来なくなったのでヤマト運輸を退職しました。たまたま家の近くに今の会社(湘南システム)の社長が住んでたのがご縁なんです。いわゆるご近所さんで、僕がヤマト運輸を辞めた事を話をしたら、ウチの会社に来ないかと誘ってくれました。電気工事士は国家資格が必要な仕事でこの先も必要とされる職業。まだまだこれから70歳くらいまで働くんだから、今から頑張れば一人前になれると考えて決意しました。今は2年目ですが国家資格の試験にも合格。ガンガン成長中です」
地に足の着いたその思考が素晴らしいです。湘南システムは総合設備工事会社という事ですが、ホークさんはどんな業務を担当されてるのでしょうか。
「僕のメインはエアコンの付け替えです。主に量販店や大手空調会社からの依頼が多くて、住居に行くこともあります。新規設置よりも入れ替えがメインですね。1日3~4件回るのですが1人で行くのと数人のチームと半々です」

電気工事士のやりがいを感じるのはどんな時でしょうか。
「丁寧な施工を重ねる事でお客さんから信頼された時です。実務経験を積むことで自分の技術の成長を実感できるところも良いです」
配送ドライバーもそうでしたが、お客さんから直接ありがとうを聞けるのはやりがいとして大きそうですね。
「キレイに付けてくれてありがとう!のお褒めの言葉が一番嬉しいです。店舗での工事だと感想を聞けるタイミングはあまりないのですが、住居での工事だと会話が出来るので感想が聞けます。配送ドライバーの時は入るのは玄関までで会話時間は短かったですが、エアコンの設置は室内に入るので会話する機会も多いです」
ホークさんがお客さんとのコミュニケーションで心掛けてる事はどんな事でしょうか。
「作業中はお客さんも室内にいらっしゃいます。黙ってると空気が重く感じるので、僕は少し雑談しながらの方がやりやすい。黙々と作業してるとお客さんも喋らないので、自分から話しかける様にしてます。もちろん相手を反応を見つつなので、あまり話したそうじゃないなと思ったら話しません」
配送ドライバーと同じく、電気工事士もクレームと向き合う事を求められそうな仕事ですね。
「今日も朝クレームがありました。2月に設置した新しいエアコンから半年も経ってないのに水漏れが起きたと。昨日行って処置したら、今日また漏れてると連絡があり原因究明と改善処置が急務です。自力での原因究明に限界を感じたら上司に電話して相談します。そこのケーススタディは日々経験を積んで増やして行ってる最中です」
今に繋がっていたボクシングロード
電気工事士の仕事にも、きっとボクサー経験は役立っていると思います。どんな時にそう感じるかお聞かせください。
短時間に全神経を総動員する集中力
「試合やスパーでの3分間に使う集中力や、練習に打ち込む時の集中力はボクサーとしてキャリアを積むごとに質が上がっていきました。エアコン設置の現場は作業時間の終わりが決まっているので、全神経を総動員して集中する必要があります。そのスイッチの入れ方は、ボクサー時代を思い出しながらやってます」
トライ&エラーを成長痛と捉える力
「ボクシングも電気工事士も、失敗と成功を繰り返して成長していく点は同じです。作業現場で思い通りの貢献ができない時は悔しいですが、今は成長の過程なんだと前向きに取り組める力。それがあるのは16戦のボクシングロードの中で強くなれた実感があったからです」
技術の成長を心から喜べるマインド
「電気工事士は知識と経験の積み重ねで自分の価値を上げて行ける仕事です。そういう視点でもボクシングと同じですね。僕はイケイケのファイタータイプでしたが、練習で何千回と繰り返したオフェンスが確かな技術として身に付いたと実感した時はめちゃくちゃ嬉しかったんです。試合の勝ち負けとは別の部分の喜びです。今の仕事を通しても、これから何度もそんな瞬間があると思うと楽しみで仕方ないです」

ボクサー・ホーク柳の16戦のボクシングロードは間違いなく、今の高柳邦久さんを支える基盤なっているんですね!
「僕という人間の源です。7年間のボクシング人生があったら今の僕があります。志半ばで引退したし、誇りたい戦績でもないけど《あの時、自分から逃げずにボクシングをやり切ったんだ》という気持ちはずっと持ってます。1年365日。ずっとあるんです」
自分の源だと胸を張って言えるのは素晴らしいです。配送ドライバーと同じく、電気工事士も元ボクサーなら誰でも向いてる仕事ではないと思いますが、向いてるのはどんな人でしょうか。
「細かい作業を正確にこなせる事と、あとはチームをワークさせるコミュニケーション力がある人。上司や部下や協力会社との連携が必要な場面は多く、そこにお客さんとの会話も入って来るので《コミュ力が必要な技術職》です」
ホークさんは臨機応変な対応力とコミュ力は、ヤマト運輸での配送ドライバー時代に身に付けてましたね。配送ドライバーを経ての電気工事士は一見、別業種に見える様で実はしっかりとホークさんが積み上げてきたキャリアの延長線上にある仕事だと思います。
大橋会長への思いと熱い絆
ホークさんのこれから先の夢、目標をお聞かせください。
「今の電気工事士という職業にとてもやりがいを感じてます。これから工事技術の熟練度をもっと上げて着実にレベルアップしたいです。僕と縁があったお客さんの満足度を上げて、高柳さんに依頼して良かったと喜んで貰いたい。知識のアップデートに加えて体力も必要なので走らなきゃと思ってます。それと…いつか大橋会長に恩返しがしたいですね。今の自分があるのはボクサー・ホーク柳がいたからであり、ボクサー時代の7年間を走り切れたのは大橋会長のおかげです。沢山の人達に支えられてボクシングをやってましたが、大橋会長から受けた影響はとても大きい。どれだけ感謝しても感謝しきれないぐらいです」
ホークさんのインスタには時おり大橋会長との写真が出て来ます。とても親しい様子が伝わる写真を楽しく見ております。今でもよく会ってるんですね。

「はい。今は日本一のボクシングジム会長になられたので、さすがに当日に飲みに行きましょうとは言えませんが、昔は会長の誕生日の当日にお誘いしてましたよ。《当日は家族と祝うだろうと気遣って、普通は誘わないんだ!当日に誘ってくるなんておまえだけだよ》と言いながら僕と飲みに行ってくれました。今でも会長の誕生日にはお祝いのケーキを準備をして、ハッピーバースデーを歌いながら大橋ジムに入って行きます。大概その日は会長は不在なのでケーキを置いて帰るんですが(笑)」

ジムの会長を誕生日の当日に誘う!よほど距離感が近くないと出来ないですよ。今の大橋ジムの選手達の中で、当日に大橋会長を誘う人はおそらく居ませんね(笑)
「普通はそうですよね。今もたまに食事に行くのですが、1軒目は必ず僕が会長におごらせて貰います。自分が出来る小さな恩返しです。会長が僕におごらせてくれるのが嬉しいですし、僕も会長におごれるぐらいには頑張ってると思えるので嬉しくて。2軒目以降は会長におごってもらうんですけどね。何か会長にもっと恩返しがしたいですね。それが何なのかは考え中です」
大橋ジム立ち上げの創成期を一緒に盛り上げたメンバーが、第二の人生も頑張って誰かを幸せにしている。元気に頑張ってる姿を見せ続ける。そのこと自体が一番の恩返しになっていると思いますが、ホークさんがどんな事を考えているのか楽しみにしてます。
取材を終えて
ホークさんは「愛され力の達人」です。愛され上手です。ヤマト運輸時代になぜ18年間も同じ配達エリアを任されたのか。多忙な大橋会長は、なぜ今でもホークさんを可愛がるのか。明るく楽しいキャラクターを持ちながら、一方で強い責任感や逃げない姿勢の素晴らしさを彼と関わる時間が長い人ほど感じるのだろうと思います。

「危ないから開けなくていいよ」と言われた配達先の女の子も、取材してて「あの時、自分から逃げずにボクシングをやり切ったんです」と熱い眼差しで言われた僕も、一瞬で彼に心を掴まれてしまいました。
ホークさんが辿っているセカンドキャリアは配送ドライバー・電気工事士。詳しく仕事内容を話していただきましたので、この記事を読んで自分に向いてそうだと思った方はチャレンジしてみてはいかがでしょうか。以上、拳人のセカンドキャリア#13「配送ドライバーを経て電気工事士 ホーク柳」でした!
エアコンの設置工事をホークさんに依頼したいという方は直接の相談・連絡をして問題ないとの事ですので、インスタからコンタクトを取ってみてください。「サラリーマンなので会社を通しますが、喜んで承ります」との事です!



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