皆様こんにちは。拳人のセカンドキャリア#12はこのお方。元日本ミニマム級&Jrフライ級チャンピオンで、現在はタクシードライバーとして活躍中の細野雄一さんです。計3度の世界タイトルマッチは全て敵地に乗り込んでの挑戦。勇敢なチャレンジを見せてくれた細野さんの雄姿に胸を熱くしたボクシングファンは多いです。そんな現役時代の思い出から現職のやりがい、ボクサー経験を活かせるエピソードまでを詳しくお聞きしております。
矢吹ジョーに憧れてボクサーへ
細野さんの少年時代と、ボクシングとの出会いについて教えてください。
「小学校、中学校は陸上部で1,500mを走ってました。ケンカはしない性格なので腕っぷし強い系のエピソードは無いのですが、いつも外を出歩いて夕方まで家に帰らない事が多い活発な少年でした。ボクシングとの出会いは漫画のあしたのジョー。自分は体が小さかったので、ボクシングをやって矢吹ジョーの様に強くなりたいと思ったんです。具志堅さんの世界戦をテレビで親父と一緒に観てましたが、強く影響を受けたのはあしたのジョーですね。ジョーと力石との試合は衝撃的でした」

当時、あしたのジョーをきっかけにボクサーを目指した選手はとても多かったそうですね。
「多かったですね。それで高校卒業と同時にボクシングを始めました。実は競艇にも興味があって試験を受けたのですが合格せず、友人達が進学か就職を考える中、ボクシングの世界でどれだけやれるかチャレンジしてみたい!という気持ちが大きくなり飛び込んだのです。両親は反対まではいかないけど賛成の感じでもなく…どうしてもやりたいなら仕方ないと渋い顔をしながら送り出してくれました」
ジム選びの選択肢は複数あった中で、角海老宝石ジムを選んだ理由が興味深いです。
「ヨネクラか角海老宝石で考えたんです。最初はヨネクラに行ってみたんですが、時間を決めて皆で一緒にやる合同練習が自分にはちょっと合わないなと。角海老宝石は個人バラバラに練習が出来て自由な雰囲気だったので、こっちの方が性に合ってると思い角海老宝石に決めました」
挑戦をし続けた現役時代
27戦22勝12KO4敗1分という立派な戦績を残されています。現役時代を振り返って思い出深いエピソードなどお聞かせください。
何にも代え難い日本王者のベルト
「ボクサー人生で一番嬉しかったのは初めて日本タイトルを獲った時です。玉城選手に勝って日本ストロー級王者になった瞬間は忘れられません。その前の日本タイトル挑戦はロッキー・リン選手に負けて獲れなくて、玉城戦も下馬評は不利でしたが頑張りました。勝者コールで自分の名前が呼ばれた瞬間、自然とガッツポーズが出て最高の気分でしたよ。それまでタイトルなんて縁が無い人生でしたから」

独学で挑んだ厳しい減量
「減量方法を教えてくれる人がジムに居なかったので、独学で覚えるしかないんです。飲まず食わずで7キロ落とすんですが減量後半は落ちなくてキツい。サウナに行っても汗が一滴も出ないので、献血に行って血を抜いたらトレーナーにバレて怒られました(笑)その方法はそれ以来使いませんでしたが知識が無いので、選手同士で情報交換しながら減量方法を覚えてなんとか乗り切ってました」
100万円分のチケットを手売り
「ありがたい事に試合の度に応援してくれる人が増えて行ったんですが、自分がチケットの手売りを出来ないので親父が全部やってくれました。ボクシングをやりたいと言った時は渋い顔をしていた親父が協力してくれる様になり、ファンの人達に丁寧に対応してくれた事にとても感謝しています」
試合後の銀座でのお寿司
「減量終盤の時期の空腹が辛いときはグルメ雑誌を見て、試合が終わったら行くお店を決めるんです。それを楽しみに減量を乗り切ってました。自分は寿司が大好物で特にマグロが好きなんです。なので寿司店に行く事が多かったですね。試合に勝った後、ジムの後輩達と銀座の寿司店に行ったのが良い思い出です」
ベストバウトは岡田明広戦
「1994年9月の代々木第一体育館は鬼塚勝也さんのラストファイト。その前座で岡田明広さんと対戦した試合が自己ベストです!当時、岡田さんは神藤太志さんとの激闘で日本フライ級タイトルを獲って初防衛もクリアしたタイミング。こちらも3度目の世界挑戦に向けて負けられないので必死でした。岡田さんの戦い方を研究して、あえて打ち合いに行かず距離を取り、打ち終わりにボディーを入れる作戦がハマって判定勝ち。岡田さんという強敵に作戦がハマって勝てたのがめちゃくちゃ嬉しかったんです。あの試合が僕のベストバウトです」
3度の世界挑戦は全て敵地
1度目 1992年2月22日
WBA世界ミニマム級王者 崔熙墉に韓国で挑戦し10回TKO負け
2度目 1993年7月25日
WBA世界Jrフライ級王者 柳明佑に韓国で挑戦し判定負け
3度目 1995年11月12日
WBC・IBF世界Jrフライ級王者 サマン・ソーチャトロンにタイで挑戦し4回TKO負け
「敵地では夜に電話を延々と鳴らされるとか、計量の秤に細工されるなど凄い逸話を事前に聞いて警戒してたのですが、運が良いのか僕は3度敵地で世界戦をやって変な目には一度も遭いませんでした。韓国で柳明佑に挑戦した時に宿泊するホテルを移動したら、なぜ勝手に移動するんだ!と大騒ぎされて驚いたぐらいですね。自腹でホテルを変えて何が悪いの?という話ですが。1度は日本で世界挑戦したかった気持ちはありますが、それより3度もチャンスを貰えてありがたいという感謝の気持ちが強いです。ランキング上位まで登っても世界挑戦が出来ない選手が沢山いる中で、3度もやらせていただけたんですから」

1990年代に絶大な強さを誇った3人の世界チャンピオン達。崔熙墉、柳明佑、サマン・ソーチャトロン!彼らに敵地で挑戦し、結果は敗戦ながらどの試合も勇敢に立ち向かい、ボクシングファンに夢を見せる戦いぶりでした。心からリスペクトしております。
コロナ禍で余儀なくされた転職
ボクサー引退から現職に就くまでの経緯について教えてください。
「現役引退後は株式会社豊田が運営するチェーン店、寿し常の配送ドライバーを30年やっていたのですが、2020年のコロナ禍で倒産してしまったんです。豊田の倒産後に寿し常は別の子会社が引き継いで現在も営業中なのですが、僕は豊田の倒産と同時に退職となりました」

多くの飲食店が立ち行かなくなったコロナ禍は細野さんにとっても大きな転機だったのですね。30年という事は現職のタクシードライバーより長く、今のところ細野さんが一番長く働いた職業でしょうか。
「はい。仕事内容は寿し常の仕入れや配送の担当です。店舗からのどの魚が何キロ必要というFAXを確認した後にトラックを運転して築地に行き魚を積んで会社に戻り、そこから仕分け先の店舗に配送。明け方3時に勤務を開始して15時までの仕事でした。車を運転してる時間が長かったので運転には慣れましたね」
東京都内だけでも沢山の店舗がある寿し常なので、毎日の配送で都内の道を覚える事が出来た事は現職にも活きていそうです。
「そう思います。自分の経験を棚卸しして考えると運転が得意なので、豊田を退職した後も運送会社や配送関係の仕事に就きたいと考えました。親父の兄貴がタクシードライバーだった事もあり、タクシードライバーも選択肢に入れつつ就職活動をした結果、現職の国際自動車へ入社するに至りました」
タクシードライバーへの期待値
現職のタクシードライバーの仕事内容について教えてください。
乗客を目的地まで送迎
「お客様を事故なく安全に最適な走行ルートで目的地までお送りする事です。その為には地理だけじゃなく混みやすい道や時間帯も把握し、その日その時で変わる状況に合わせた臨機応変な対応が必要です」
サービス業としての側面
「旅客運送業ですがサービス業としての側面も強く、荷物の出し入れのお手伝いから車中での会話も含めて乗車前・乗車中・到着時までお客様とコミュニケーションを取ることも大切な業務です」
日常的な車両管理
「乗車記録の記載や忘れ物の管理、車両点検、車内外の清掃なども担当ドライバーの仕事です」

トラブル発生時の適切な対応
「送迎中や回送中に予期せぬトラブルや事故に巻き込まれる可能性がありますので、常にそれを予測しながら仲間との情報交換や自身の経験値を駆使して対応する事が求められます」
お客様を目的地まで送り届ける仕事ですが、それを円滑に行うために求められる事は沢山あって大変そうです。勤務する時間帯はどのように決まっているのでしょうか。
「複数の勤務体系から選択が出来ます。以前は朝の勤務でしたが今は夕方の16時から翌日の16時までの夜の勤務です。夜の時間帯の方が料金が夜間料金になり、且つ終電を逃したお客様を乗せられるので単価アップが見込めます。勤務中は3時間の休憩があって休憩の取り方は自由。僕は15分刻みで休憩しつつ、朝方に1時間の睡眠を取る様にしてます。色々な勤務パターンと休憩の取り方を試した結果、自分にはそれが一番合うと思ってます」
お客様の期待値を超えられた時の喜び
タクシードライバーのやりがいについてお聞きかせください。
「お客様を見つけるのは簡単ではありませんが楽しいです。今日はこのエリアが良いじゃないか?という予測が外れる日もあれば、びっくりするくらい当たる日もあります。少しずつですがコツを掴んで来たなという感覚もあります。一番長い距離だと東京の上野から静岡県まで走った事もありました」
長距離のお客様を乗せるのはコツも掴む事と運の要素も大きいのですね。乗車したお客様に行き先を聞いて、遠い場所を言われた瞬間はやった!と嬉しくなりますか?
「長距離は嬉しいのですが、要望に応えられるかどうか?もとても大切です。なので一番嬉しいのはお客様の期待値を超えられた時です。つい先日も《難しいかもしれないけど、この場所まで1時間で行きたい》とのご要望に対して、たまたま自分が抜け道を知ってて、且つ道路が混む前の時間帯だったので45分で到着出来たんです。そのお客様はありがとう!ありがとう!と何度も感謝の気持ちを伝えてくださいました。頑張っても期待値を超えられない時もあるのですが、そこをクリア出来た時に一番やりがいを感じます。タクシーを使うお客様は急いでいる場合がほとんどで、目的地に到着しなければいけない時間が決まってるんです。飛行機や新幹線の乗車時間。葬儀の開始時間。会社での会議の時間。あと〇〇分で始まるという時間が決まっているので、間に合うかどうか常に戦いなのです」
相手の要望に対して最低限の対応ではなく"期待値を超える"のはどんな仕事でもとても難しいと思います。そこにやりがいを持てるなんて尊敬します。
温かい人間ドラマ有り、リスク有り
心に残っているお客様との忘れられないエピソードをお聞きしたいです。
お客様から感謝のお手紙
「夜の新宿でした。泣きながら乗車された女性のお客様が仕事の悩みを話されたので、私は頷きながら目的地に到着するまでお話を聞いてました。翌日、その方が感謝のお手紙を会社宛に送って下さったんです」
細野さんはその方の悩みに対して、何かアドバイスをされたのですか?
「いえ。私にはアドバイスなんて出来ませんよ。話を聞いて、それはひどいですね。大変ですね。と思った事をお伝えしただけですが、泣きながら乗車されたのに《話を聞いてくれてありがとう!元気になれました》とタクシーを降りる時には笑顔になっていたのがとても印象的でした」
きっと程よい感度で細野さんが接してくれたのが嬉しかったのでしょうね。話を聞いて共感する事がそのお客様が求めていた対応であり、必要以上にでしゃばらない細野さんだからこそ、伝わった優しさに感動してくれたのだろうと思います。

偶然、ボクサーが乗車!
「東京ドーム近くで東洋Sライト級王者の近藤明広さんが乗車してくれた事がありました。後楽園ホールの前を走りながら、私もここで試合した事があるんですよ~と話してたらスマホで細野雄一を調べて下さって、ボクシング話で盛り上がりました。世界3階級王者の亀田興毅さんにご乗車いただいた事もあります。私もボクシングやってたんですとお伝えしたら彼もスマホで調べて下さってました。ご家族で乗車いただいたのですが、とても気さくで明るいお方でした」
一台のタクシーの中で運転手も乗客も元ボクサー。とても密度の高い空間ですね。それが偶然起きたという所がドラマティック。嬉しい出来事がある一方で、予期せぬトラブルなど大変な事も多そうです。その点についてもお聞かせください。
お酒に酔ったお客様の対応
「時には車内で嘔吐されるお客様もいらっしゃるので、次の方を乗せられず車内清掃の為に営業所に帰る時もあります。お客様が酔って眠ってしまった場合は起こし方にも十分な配慮が必要です。眠っているお客様の体に触ってはいけないのでひたすら声を掛けるのですが、どうしても起こせない時は交番に行きます」
様々な事故リスク
「長時間に渡って車の運転を続ける仕事なので、こちらが交通ルールを守っていても何かしらの事故に巻き込まれてしまう可能性は常にあります。だからこそ、そのリスクを最小限に抑える工夫を常に考え続ける事が求められます」
道を覚える努力は必須
「この仕事で道を覚える事を大変なんて言っちゃいけませんが、まだ100%じゃないですね。前職も配送ドライバーだったので首都圏のメインの道路や抜け道はかなり覚えました。大抵のニーズには応えられる様になったとは思いますが、それでも完璧か?と言うとまだまだです。地理力のレベルアップは経験を積んで覚えていく他ありません。日々、積み重ねです」
眠ったお客様に触ってはいけないんですね…道を覚えるのは大変な苦労だと思いますが、実直な細野さんならコツコツを確実にドライバーとしての引き出しを増やしていけそう!
ボクシングで磨いた全てが財産
タクシードライバーの仕事で、ボクサー経験が役に立ってる事をお聞かせください。
理不尽に耐えられる打たれ強さ
「優しいお客様がいらっしゃる一方で、コミュニケーションがスムーズに取れない状況も起こります。入社しても合わない人はすぐ辞めてしまいますね。その点で私はボクシングの練習で限界を超える様な我慢に耐えた経験や、リング内外での理不尽な出来事と向き合って来た経験がありますから打たれ強いです。自分でもそう思いますし、仕事仲間や友人からも打たれ強いと言われます」
事故リスクへの覚悟
「ボクシングは打たれたダメージで死ぬリスクがあるスポーツですから、現役時代は必死でディフェンス技術を磨いたり、打たせずに打つ戦い方を学びました。車の長時間の運転は事故に巻き込まれるリスクへの覚悟が必要で、そういう部分はボクシングと似ています。ディフェンス技術として多くの抜け道を覚えたり、疲れが取れやすい休憩の取り方を工夫したり、日々の試行錯誤を重ねる事でリスクを最小限に抑えています」
1対1の空間で、全て自分次第
「リングでは相手と1対1。全ての責任を自分が背負って戦います。タクシードライバーも基本的にはお客様と1対1。期待値を超えられるかどうかは自分次第なのでボクシングと似てますね。現役時代はイケイケのファイタースタイルでしたが、運転中の接客スタイルは静かなタイプです。自分からグイグイ世間話はしませんが、お客様が話したそうだったら話すスタンスです。それが一番自分に合ってます。自分の得意な接客スタイルを見つけるのは早かったので、そこはボクシング経験が活きてると感じてます」

抜け道を覚えたり、事故リスクに備える事がボクシングでいうディフェンス。凄く納得出来ました。タクシードライバーへの就職や転職を検討していたり、興味を持つ人は元ボクサー以外にも沢山います。この職業に向いているのはどんな人でしょうか。
「まずは感情のコントロールが出来る人です。その次に、まだ知らない抜け道があるかも?と考え続けられる人。少しの努力の差が積み重なって大きな差がついていきます。あとはお客様の表情・声・態度から状態を読み取れる人。車中で体調を崩される方もいらっしゃいます。自分から異常を訴えてくれれば良いですが、無言で苦しんでいる事もありますから。そういった事に気付ける洞察力がある人です」
タクシードライバーに限らず接客業はやりがいが大きい反面、とても大変な仕事ですね。死をも覚悟したリングで戦って来た細野さんからは盤石の打たれ強さというか…達観ぶりが凄くて悟りの境地を感じます。
目標は不安のゼロ
タクシードライバーとしての今後の目標や、こうなりたい!についてお聞きかせください。
「もっと完璧にお客様のニーズに応えられる様になりたいです。Tokkyさんがタクシーに乗った時、運転手が道を知らなそうな時が一番不安になりませんか?まずその不安をゼロにしたい。お客様が安心して乗っていられるドライバーでありたいです。細野が運転するタクシーだったら道も詳しいし安心できるね!と言っていただけるドライバーでありたい。タクシードライバーなら当然の事だとも思いますが、今よりもっとそれが出来る様になりたいです」
取材を終えて
戦う場所をリングから首都圏の道路に変えて、誰かの《間に合った》を生む為に、今も真剣勝負を続けている細野さん。彼は「志高い安全運転の達人」です。

理不尽なことに耐える打たれ強さ、感情をコントロールする力、求められた期待値を超えようとする姿勢。全てボクシングという競技の中で磨かれて来たものだと細野さんは言います。そんな細野さんがお客様から感謝され、御礼の手紙を貰う様なイケてるタクシードライバーとして活躍されている!ボクシングファンとしてとても誇らしく思います。
そして取材中に耳より情報が。細野さんと同じ角海老宝石ジムに所属していた元日本Lフライ級王者の倉持正さんも現在、国際自動車でタクシードライバーをしており細野さんの同僚だそうです。大橋秀行さんと対戦した試合が懐かしい。近いうちに倉持正さんにもお話を伺いたいと思っております。
以上、拳人のセカンドキャリア#12「志高きタクシードライバー 細野雄一」でした!



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