拳人のセカンドキャリア#9はこのお方です。元WBC世界Sフライ級王者で現在は奥様と経営されているアクセサリーショップ ORIJINAL JEWERLY Ringにてジュエリー職人として活躍する川嶋勝重さん。僕は結婚指輪を川嶋さんに作っていただいたんです!名門、大橋ボクシングジムから第一号の世界王者である川嶋さんに、現役時代の思い出から現職のジュエリー職人のお仕事についてお聞きしてます。
川嶋勝重プロフィール
川嶋勝重
生年月日:1974年10月6日生まれ
プロ戦績39戦32勝21KO7敗
元WBC世界Sフライ級王者
現職:ジュエリー職人
野球部で活躍
21歳の時にアマ経験なしで大橋ジムでボクサーを目指す
1997.2.20 平賀忍に2回TKO勝ちでプロデビュー
以後、東日本新人王やB級トーナメント優勝
日本Sフライ級タイトルと獲得
2004.6.28 徳山昌守に1回TKO勝ちでタイトル獲得
2008.1.14 アレクサンドル・ムニョスに判定負け
奥様が経営するORIJINAL JEWERLY Ringにて活動開始し今に至る
大手正社員を辞め21歳でボクサーへ
川嶋さんは少年時代はどんな子供でしたか?
「一言でいうと悪ガキでした(笑)活発でいたずらばっかりしてましたね。スポーツは好きで中学と高校は野球部です。中学は軟式野球で高校は硬式野球でした」

野球少年の頃はボクシングは観てましたでしょうか。
「テレビで世界タイトルマッチをやってれば観てましたね。中学生の頃に大橋会長が世界戦をやっていて、高校に入ったぐらいの頃に辰吉丈一郎さんや鬼塚勝也さんが出てきました。面白いと思ってましたが近くにボクシングジムが無くてやる環境も無かったですし、高校卒業まではずっと野球です」
野球少年からボクサーを目指すようになった経緯を教えてください。
「友人の試合を生観戦して感動したのがきっかけです。高校卒業後は地元の東芝の工場に就職したんですが、姫路の工場に転勤してくれないかと言われて…行きたくないなぁ~どうしようかと迷ってたタイミングで、横浜文化体育館で初めてボクシングを観たんです。眩しいリングに引き込まれました。メインイベントの川島郭志さんがブエノに勝って世界を獲った試合にも刺激を受けて、ボクサーになろう!と決意しました」
川嶋勝重流。本気の練習論
先日、大橋会長にお会いした際に〈トップアマは世界王者になって当たり前。川嶋は叩き上げから世界を獲ったのが凄い。川嶋が井上や八重樫や武居より優れてるのは3分間での練習の集中力と努力です〉と川嶋さんの事を褒められてました。練習中での集中力とは具体的にどんな事なのでしょうか。

「何の為にそれをやるのか?の目的意識を練習メニューごとにしっかり自分の中に持ってやってました。例えばシャドーはもっと疲れるまでやった方が良いという話を井上尚弥が後輩達にしてるじゃないですか。あれは本当にその通りで、サンドバックを打つよりシャドーを真剣にやる方が数倍疲れるんです。相手の動きと自分の動きをイメージしながらやるシャドーは凄く集中力を要するんですが、試合に向けてとても質の高いトレーニングになります。だから僕もシャドーをちゃんとやってました。シャドーをただのウォーミングアップだと思ってやってる選手もいましたが、そこの意識は違いましたね」
シャドーの話はひとつの例であって、川嶋さんはどんな練習もそれをやる理由と目的をしっかり捉えてひとつひとつの練習メニューを大切にこなしていたという事ですね。それが大事だと考えるきっかけが何かあったのでしょうか。
「高校時代の野球部での練習です。1年生の時、最初はセカンドだったのに下手だから2年目からセンターでした。どうやれば上手くなれるか?自分なりに考えた結果、球と接する全てのシーンで手を抜かずに努力をしようと思い至りました。練習でのノックでも、膝をどれぐらい曲げてると良いのか?どれぐらい曲げるとやりたい動きに近付けるのか?グローブの位置はどこにあると良いのか?どの位置にあると動かしやすくて、どの位置だと良くないのか?常に気にしながら取ったり投げたりして、一球一球から学ぼうと考えながら頑張りました。そうしてるうちにだんだん上手くなってきたぞ!という実感があったんです」
自分で考えて手に入れた成功体験。それはボクサーになってからも川嶋さんを支える大きな自信になっているんですね。
「そうですね。それで認められてレギュラーで試合に出れる様になったんです。その感覚がずっと自分の中にあるので、ボクシングの練習も手を抜かずにやります。人って簡単に手を抜けるじゃないですか。例えばダッシュ5本やる!となっても最初だけ勢いよく走って、途中で速度を落として力を抜いたり出来ます。ですが僕はそれだと意味がないという考えです。シャドーにしてもサンドバックにしても、決めた時間内で全力でやってました。あれだけ下手だったのが上達できた理由はそこじゃないですかね。センスが無くても上手になれるポイントなんです。それが大橋会長の言う3分間の練習の集中力と努力という事かと。多分これで合ってると思います(笑)」
ありがとうございます。野球部時代の成功体験に胡坐をかかず、努力から手を抜かなかったのが川嶋さんの強さの一つなのでしょうね。
「ジムに入った初日から見て貰ってた平戸トレーナーがすごく基本を大事にする人で、ジャブとワンツーだけで三ヵ月なんですよ。おかげで基本が染み付いたのでありがたいと思ってます。今思えば良い基礎固めになりました」
合宿のランニングで川嶋さんは若い八重樫さんに抜かれてしまうけど、10日間の合宿で6日目から逆転する耐久力が凄いという話も、テレビ番組で聞いた記憶があります。
「ありましたね!合宿に行くと選手は皆、足や膝が痛くなるんですよ。長距離のランニングメニューだと前半は八重樫が5分ぐらい先にゴールするんですが、だんだん足腰が痛くなって遅くなってくる。僕も同じ様にどこかが痛いんだけど、そこは根性を出して合宿の後半では八重樫を抜き去るというパターンでした」
そのエピソードは試合での戦いぶりと似てます!試合も激しく打ち合って、普通は疲れて来るはずの後半戦で川嶋さんは元気になってくる流れが多かったです。
「それしか強みがないと思ってました。そこが僕の強みだと自覚していたので、前半からひたすら相手にプレスをかけます。自分も疲れるから後半戦がしんどいのは覚悟のうえです。技術で相手を上回れないので、追い続けて後半に相手が《こいつ、まだ出て来るの?》とメンタルが弱って来たところにラッシュで攻めるのが僕がやりたい戦い方だったので」
それこそが川嶋さんの強さでしたね。現役時代の熱い激闘が思い浮かびます。
振り返る現役時代の思い出
現役時代の中で一番辛かったこと、一番嬉しかった事、ご自身のベストファイトなどお聞かせください。

仕事と練習の両立でのハードな日々
「ボクシングだけでは食べられなかったので、昼間に酒屋で働いて終わった後でジムに行くという日々が辛かったですね(笑)あ~早くボクシング1本で生活したいなと思いながら毎日仕事を終えて練習に向かい、大橋ジムが見えて来た時に…これから練習かと。日々の仕事と練習の両立が辛かったです」
当時、川嶋さんを支援してくれるスポンサーさんはいなかったのでしょうか。
「僕の時代はほぼいなかったんです。ジムを応援するスポンサーさんはいましたが、個人的にトランクススポンサーとかでお給料をくれたりとかはまだなかった時代なんですよね。あの日々を乗り越えられて本当に良かったです」
忘れられない言葉「努力できるセンス」
「一番嬉しかったのは世界王者になれた事。本当に夢の様でした。それと人から言われて、嬉しくて忘れられない言葉があります。お世話になった品川トレーナーが言ってくれた言葉です。ある日の練習後に一緒に銭湯に行った時でした。《努力できるのもセンスなんだよ川嶋。おまえは努力できるセンスを持ってる》あれは嬉しかったな」
素晴らしい。川嶋勝重さんというボクサーをとても的確に表現する言葉です。その《努力できるセンス》はボクシングをやりながら開花したのか、もしくは元々持ってたんでしょうか?
「持ってる人間だったと捉えてます。なので両親に感謝ですね。運が良い。センスって、井上尚弥みたいな高い技術を見せる選手がセンスがあるって一般的には言うじゃないですか。だから品川トレーナーから努力するセンスを持ってるよって言われた時、すごくグッと来たんですよね」
ベストバウトはナバーロ戦
「僕のベストはホセ・ナバーロ戦です。徳山戦はたまたま運よく勝てたと思ってるんで。畑山さんも100回やって2回ぐらい勝てるかどうかの相手だって言ってましたし、自分もそう思ってるので実力で獲った感覚はそんなに無いんです。3戦目は負けて負け越してますし。でもナバーロ戦はお互いに持ち味を出し合って、キツい内容ですごく充実した12Rでした。ボクシング人生の中で唯一楽しいと思えた試合なんです。殴り合いながら、勝ち負けはもうどうでもいい。だた殴り勝ちたいと思ったのはあの試合だけでした。そんなに疲れも感じなくて。楽しいと人間は疲れないんでしょうね」
ナバーロも川嶋さんのその思いに反応してたというか、もっとズルい戦い方も選択出来たかもしれないのに、そうはしなかったですね。
「巧いボクサーでしたが真向勝負してくれました。判定は正直どっちか分からなかったけど、勝って良かった。あれで勝ってるか負けてるかじゃ天地の差ですから」
ベストファイトがいわゆる一番有名な試合じゃないところが、ファンとしては良い話を聞けたと思います。
「ボクシングファンの方がお店に来ると、皆さん徳山戦の1Rが凄かったと。皆さんの印象はそこなんでしょうね。是非ともナバーロとの熱い12Rも観返してみてください!」
世界戦の当日に入籍!
徳山さんとの2戦目(川嶋さんが世界王者になった試合)の当日に奥様と入籍されたエピソードは有名ですね。
「妻が勝負をかけると言って。世界戦の当日に入籍ですよ!この話はもうしないでくれと妻に言われます(笑)」
負けていればこちらもその話をする気になりませんが、勝ってるのですから。予想不利と言われた世界挑戦で試合の当日に勝負をかけて入籍。試合は1ラウンドKO勝ちで見事に大橋ジム初の世界王者。こんな素敵な美談に触れないわけにはいきません。この話をもっと深掘っても良いでしょうか?
「隣で妻がその話はもう良いと言ってるので勘弁してください(笑) でもそうやって印象的なエピソードとして覚えてて貰えるのはとても嬉しいです。ありがとうございます」
ジュエリー職人の仕事内容
現役引退を発表された後、2009年1月からジュエリー職人として下積み練習を始められたと聞いてます。そうなるまでの経緯について教えてください。現役中に引退後の事は考えてましたか?

「いえ。長谷川穂積君とかは現役中にタイ料理店を経営したり、よくボクシング以外に意識の負担が掛かる事を出来るなと思いました。僕はそういう事をやったらボクシングに影響が出てしまうタイプだなと思い、何も考えてなかったです。この店(Ring)はありましたが特に手伝うという意識もなく、しばらくゆっくりしてました。だんだんと興味が沸いて来て、妻に教わりながら職人の練習を始めた感じです」
では川嶋さんの現在のお仕事の内容と、1日の流れを教えてください。
「朝、お店に来て掃除してから作品の制作と接客がメインで、曜日によって素材の仕入れに出かけます」
妥協しない素材選びと仕入れ
「定期的に御徒町にある専門業者に石を買いに行きます。必ず実物を見て、手に取って質感を確かめてから仕入れてます。指輪の場合は指輪の部分は僕たちが作るんですが、ダイヤなどの石を指輪に付ける作業は、その技術を持った専門業者が担当するので必要に応じて指輪を持って行って作業して貰います。修理に関してはチェーンが切れちゃったらレーザーロウ付けという専用器具を使ってくっつける修理が必要なので、それの依頼をしたりします」
石の仕入れの時に気を付けてるポイントなどあれば教えてください。
「シンプルに質への拘りですね。ダイヤもそうですが、ひとつの石の種類にグレードが沢山あるんです。他店のアクセサリーも数多く目にしてる目の肥えたお客様も多く来店されますし、中途半端なものを提供するのは嫌なので、そこはボクシングの練習と一緒で一切妥協しません」
第二の人生もRINGが舞台
ORIJINAL JEWERLY Ringには沢山の種類のアクセサリーがある中で、川嶋さんは何をメインに制作されているのですか。
「主にパワーストーンとネックレスが多いですが、指輪も作りますよ。最初の半年は見習いで基礎と応用技術を妻に教えて貰って、あとは自分で工夫しながら身につけました。初めて作ったのはハート形の指輪です」
お客様からイメージだけヒアリングして、それを形にする事もあるのでしょうか。
「オーダーメードは妻が手書きでデザインを起こして提案します。どんなものが出て来るのかをお客様側も期待を込めてオーダーしてくれますので、僕らがいかにお客様の期待値を超えられるか?の戦いでもあります。心から満足していただけるものを作っていかなれば意味がないですし、金額だってブランドと同じ値段だったら付加価値はありません。それより安くて、且つ素敵なものを提供する事が僕らの価値提供だと思ってます」
期待値を超えられるかどうかの戦い。まさにボクシングと同じですね。
「店名のRingは妻が付けました。〈私はボクシングのリングでは戦えないけど、私は私のリングでお客様の期待値を超える為に戦う〉と。だから店名をRingにしたんです」
店名に込められた熱い思いを知る事が出来て嬉しいです!
ジュエリー職人のやりがい
ジュエリー職人のやりがいについて教えてください。嬉しいエピソードや苦労話などお聞きしたいです。

30人に広がった「幸せの輪」
「この仕事の一番の面白さはお客様から直接評価されることです。クオリティーの高い仕事をしてお客様の満足度が高ければ、その後の売り上げにもストレートに影響します。ある女性のお客様に恋愛運のパワーストーンを作ったら、3ヵ月で彼氏が出来て半年後に結婚されたんです。その評判を聞いたその方のお友達が30人近く買ってくれた事がありました。あと金運が当たったお客様もいます」
お客様の人生に良い影響を与えられるって素晴らしいですね!
「自分にはそんなに運気は来ないんですけど(笑)その代わり人に与える事は出来るんです。僕は人に力を与えるのが使命なんです。それが上手くいってお客様が喜んでくれた時に凄くやりがいを感じます。お客様がお客様を紹介してくださったときも、それだけの信頼に足る仕事を出来たという証なので嬉しいですね」
人見知りな性格の克服
「人見知りな性格なので、最初はお客様と話せませんでした。お客様の前に出られずにお店の裏に隠れてて。どうやって話して良いか分からなくて…現役時代も一人で車を運転すればいいから酒屋の仕事を選んでたぐらい、一人の時間が好きな人間なんです。1~2組なら妻が対応出来るんですけど、それ以上の組数になると自分も出るしかないので頑張りました。そうこうしているうちに慣れましたけど、最初は苦労しましたね」
コロナ禍で感じたお客様の優しさ
「アクセサリーは贅沢品であって、生活必需品ではありません。なのでコロナや地震などの天災があった時はすごく影響を受けます。コロナ禍の初期は贅沢を辞めて不要な外出を控えようという世論だったので、一人も来店が無い時期が続いて大ピンチでした。そんな時に助けてくれるお客様が居てくれたんです。〈Ringが好きだから、辞めないでくれ〉と言って大変な時にオーダーをしてくださって…そんな温かいお客様達に助けられて来ました」
Ringの日々の努力が伝わっていたから、いざという時に助けてくれる。きっとそれだけの価値を川嶋さんが先にお客様に提供していたから、有事の時にお客様の心が動いたのだと思います。
ボクサー経験が役立ってること
ジュエリー職人として働く中で、ボクサー経験が役に立ってると感じるのはどんな時でしょうか。

試合で鍛えた人間観察力
「リング上では対戦相手と対峙して1分ぐらいで相手の力量を見切らないといけない。39試合戦って来たので、短い時間で相手を見て判断する”洞察力”はボクサー経験が役に立ってますね。来店されたお客様の顔や表情や喋った時の雰囲気で分かるので。オーダーメイドの時なんかも、ヒアリング前にこういうのが好きじゃないですか?と提案すると〈なんでわかったんですか!〉と喜んで貰えたりします。そう考えると元ボクサーは接客業に向いてる部分があるかもしれませんね」
苦手を克服する力
「ボクシングの練習メニューの中でも得手不得手じゃないけど、なかなか上達ハードルの高いメニューもありました。苦手を苦手のままにしておいても総合力がアップしないので、上達しない理由を突き詰めて克服します。お店でも人見知りな性格でお客様の前に出られませんでしたが、根性を出して克服しました。仕事なら当たり前のことですが、どんな小さなことでも成功体験を重ねて着実に自信をつけていくって凄く大切だと思ってます」
ここぞで発揮するストイックな集中力
「作品の制作に入る時はグッと集中して作業します。ゾーンに入るのでボクシングと一緒ですね。3分間のシャドーや3分間のミット打ちと違って、制作は何分で終わらせるか?一つの工程にどれくらい時間をかけるか?は自分次第で、自分で描いたゴールに向かって全神経を作品制作に注ぎます。その時の自分に感じるストイックさは現役時代の練習に近しいものがあります」
ジュエリー職人とボクサーの共通点
川嶋さんのお話を聞いていると、ジュエリー職人とボクサーって共通点多いなって思いました。
「そうですね。どちらも人の人生を変える力がある職業です。試合なのか作品なのかの違いで。あと誰も見てない場所での地道な努力が大切なところも同じ。質の良い石を探すのもけっこう地道な努力というか、ひたすら泥臭い作業だったりするので。これはどんな仕事でもそうだと思いますが、自分がコツコツと積み上げたものが日の目を浴びて、且つそれで誰かを幸せに出来た時はグッと来るものがあります」
ボクサーのセカンドキャリアについて
川嶋さんから見て、セカンドキャリアで成功するボクサーの共通点って何か感じてるものはありますでしょうか?

「僕自身が人の事を言える程の成功してると思ってないのですが…成功の定義は何だと捉えれば良いですかね」
自分の仕事をやりがいを持って、日々達成感を得ている人は成功していると思います。川嶋さんはジュエリー職人として成功され、第二の人生を逞しく立派に歩まれています。
「まだまだですけどね。知り合いの元ボクサーで充実した次の仕事というと何だろう…僕の周りではトレーナーに転身した人が多いです。自分が受け持った担当選手に熱く指導している姿を見てると微笑ましいですね。セカンドキャリアで成功するボクサーの共通点…と言う程でも無いですが、選手時代に誠実だった人はトレーナーに転身するにしても他の仕事をやるにしても、同じ様に誠実に取り組んでます。僕は知り合いの元選手達と接しててそう感じます」
ボクシングというスポーツに打ち込めた人は他の事でも打ち込める!と捉えられる話だと思います。川嶋さんのこれから先の目標、夢をお聞かせください。
「この ORIJINAL JEWERLY Ringをもっともっと繁盛させたいです。今よりも更にお客様の期待値を超える作品を提案できる力を付けて、長いお付き合いが出来るリピーターの方を増やしていきたいですね。喜んでくれたお客様から感謝の言葉をいただく事が一番の原動力になります!」
取材を終えて
川嶋勝重さんは「努力する天才」です。野球部時代の成功体験がボクサーになってからも川嶋さんを支える自信の根拠になっているとう逸話がありましたが、誰かに教わったのではなくその方法を自分で考えられる事自体がとてつもない才能なのだと思います。ジュエリー職人という職業も紐解いていけばボクサーとの共通点が多く、お話を聞けば聞く程なぜ川嶋さんが世界王者になったのか?なぜRingというお店が愛され続けているのか?が分かります。

2026年3月14日で25周年を迎えたRing。この時代に25年も続くのは、川嶋夫妻の丁寧な接客と拘り抜いた質の高いアクセサリーの価値がしっかりお客様に伝わっている証拠です。
取材中の奥様からの「私はボクシングのリングでは戦えないけど私のリングで戦う。だから店名をRingにしたんです」という言葉が忘れられません。今日も明日も、川嶋夫妻の戦いは続いていきます。
以上、拳人のセカンドキャリア#9 熱き魂のジュエリー職人 川嶋勝重でした!川嶋夫妻の ORIJINAL JEWERLY Ringはこちらです!



コメント