拳人のセカンドキャリア#15はこのお方。元日本フライ級王者で現在はプロゴルファーとして活躍中の神藤太志さんです。倒し倒されの熱戦で90年代前半の後楽園ホールを熱狂の渦に巻き込み、岡田明広さんとの激闘の代償として脳内出血が見つかり現役を引退。第二の人生では会社経営をしながらプロゴルファーとしてチャレンジを続ける神藤さん。現役時代の思い出から夢の話までがっつり深堀りしております。
リングとの出会いと反骨精神
少年時代の神藤さんは、どんな人でしたか?
「小学生の頃にいじめられた経験があり、それからはいじめを見過ごせなくなっていじめっ子に立ち向かってました。兄弟は自分と弟と妹の3人。親父が夜逃げ族で小学生の時に1度、中学生の時も1度の夜逃げ。その時に親父はいなくなってしまったので、僕ら3人を母親一人で育てないといけなくなったんです。中学時代は野球部だったんですが、授業が終わったら走ってすぐ帰宅。妹の世話をしてから走って学校に戻って野球部の練習。毎日走って走って、それで足が強くなったのか中学生時代のマラソン大会はずっと1位でした。ボクシングの試合でスタミナに自信があったのは、この時の毎日のランニングが活きていたのかなと思います」
ワンパンチで決めるのではなく、手数を出し続け相手を嫌にさせて後半にKOするのが神藤さんのスタイル。あの驚異のスタミナの秘密がひとつが分かった気がします。ボクシングとの出会いから、プロを目指すまでの経緯をお聞かせください。
「高校は栃木県の足利学園です。当時、尾崎豊が好きで音楽に興味があって軽音楽部に仮入部したんです。そこの部室がプレハブの2階で1階がボクシング部。たまたまスパーリングを見て感動しちゃったんですよ。全身に鳥肌が立ってしまって。翌日からボクシング部員です」

ふと目に入ったジムでの練習風景に心惹かれたのですね。
「見た瞬間にビビッと来たんです。強くなりたい潜在意識的なものはあったので、目の前でスパーリングを見てそれが引き出されました。ボクシングは拳ひとつで大金が稼げる夢もあるのでどれだけできるか試してみたいなと。最初の一ヵ月はフットワークの練習だけでした。それなのに新人戦が始まるんですよ(笑)パンチの打ち方を教わってないのにスタミナだけを武器に決勝進出。決勝は後に全国高校フライ級王者になる名門、作新学園の岩本悟選手との対戦。勝ったと思ったけど負けの判定でした」
決勝での敗戦はボクシングで初めて経験する挫折だったかと思うのですが、そのままで終わらずプロの道に進んだのですね。
「負けた相手の作新学院はボクシングの名門校で、設備も充実しており自分との練習環境の差を痛感しました。このまま高校ボクシングを続けるよりも、高校を辞めて一日でも早くプロの世界で勝負したいと思ったんです。高校の担任の先生にそう伝えたところ、先生の親友である亀田昭雄さんを引き合いに出して《200年に一人の逸材と言われた亀田昭雄さんですら、頂点を目指すのは大変で厳しいのがプロの世界だ。だから高校だけは卒業しておきなさい》と、強く引き留められました。そう言われて逆に闘志に火が付いたんです。そこまで厳しい世界なら、なおさら挑戦したい!という気持ちが強くなり16歳で高校を中退。父が経営していた新聞販売店で働きながら、プロボクサーを目指すことになりました。」
厳しい世界と言われて、逆に燃えたという所に神藤さんらしい反骨精神を感じます。
「やる気になっちゃったんです。尾山台の新聞屋で働きながら、近くにボクシングジムがないか探したら笹崎ジムが見つかりました。どれだけ凄いジムなのかよく分からないまま入ったんですけど、ファイティング原田さんやたこ八郎さんがいたり、チャンピオンが20人ぐらいいる名門。デビュー戦は17歳でした。実力者の新田渉世さんや田村知範さんとスパーリングをして自信も付いて、連勝街道を突き進む気満々だったのに4回戦で2連敗。うまくいかないものだなぁと」
そこから諦めずに日本王者に上り詰め、岡田明広さんとの試合後に現役を引退。プロボクサーとして5年間の現役生活を振り返って、思い出に残るエピソードなどお聞かせください。
ベストバウトとエンターティナー魂
20戦のキャリアの中でのご自身で選ぶベストバウトはどの試合なのか興味深いです。
「僕のベストバウトは浅沼光戦です!浅沼光は高校3年の時に東西対抗戦でピューマ渡久地に判定勝ちして一目置かれていたけど、バルセロナ五輪の代表入りは逃してプロに来た選手でした。日本王者の僕に対してプロ2戦1KOの彼が《神藤はレベルが低い。対戦すれば勝てる》と言って来たので二つ返事でオファーを承諾。格の違いを見せてやろうと。4回の終了間際に完全に僕の右クロスが入るタイミングでゴングが鳴ったんです。当てる寸前の所でパンチを止めたんですが、そこで相手が負けを悟った様に感じました。結果は2度倒して6回TKO勝ち。ディフェンス面でもやりたい事が出来て、思い描いてた理想の勝ち方が出来た試合でした」
神藤さんの試合は勝つ時も負ける時もKOという印象が強く、どの試合でもお客さんが沸いてました。今、映像で見返しても会場の盛り上がりが凄い!
「僕は倒し倒されの試合も多かったですからね。逆転KOは凄い盛り上がります。自分が観客として観てる時も打ち合う試合って面白い。元日本バンタム級、Sバンタム級王者の高橋ナオトさんは倒し倒されの試合ぶりで人気が凄かったですし。僕は倒れる事へのアレルギーはあまり無いと言うか、どうせ倒れるなら派手に倒れた方が良いって考えでした。踏み留まって耐えたけど倒れちゃった的なダウンはしてないんですよ。倒れちゃえ!とオーバーに吹っ飛ぶ。そういう派手なダウンから立ち上がって、倒し返した時の後楽園ホールの地鳴りのような歓声が好きで。一度あれを味わってしまうとたまらないんです(笑)倒れたらラッキーだと思え!と自分に言い聞かせながら試合してました。ダウンしたら再開後に相手は倒しに来る。そこでクリンチに逃げないでカウンターを狙って打ち合うんです」

勝つよりも沸かせるを選ぶ。倒れたらラッキーだと思え!神藤イズムですね。
「一生懸命に頑張って戦ってる姿を見て、お客さんに熱を感じ取って貰いたい。神藤さんの試合を観ると勇気が湧いてきますと言われたり、そういうファンレターを貰ったりするとボクシングをやって良かったと思います。ですが、沸かせる試合を続ける中で"終わりの兆候"もありました。浅沼光戦のひとつ前の天翔康晶戦は両者合わせて合計7度ダウンの激しい試合。その試合を観た具志堅用高さんが《神藤くん。お客さんは大盛り上がりだよ。でもこんな消耗が激しい試合を次もやったら、終わっちゃうよ》って声を掛けてくれたのが忘れられません。実際にその2試合後の消耗戦がラストになったんですけどね」
勝ちたかったラストファイト
最後の試合になった岡田明広戦は今もボクシングファンの間で語り継がれる激闘です。
「岡田さんとの試合に勝てば両国国技館で勇利アルバチャコフと世界戦をやる計画でした。テレビ局のTBSもボクシングに力を入れてくれた時代で、世界戦が決まればTBSで放送!僕はもう天下を取った気分だったんです。勇利に勝てるかどうかは分からないけど、岡田さんに負けるとは思ってませんでした。過去の試合映像を見ても、自分なら楽勝だと思ってましたが強かった。8回KO負けで試合後に脳内出血が見つかり現役を引退。世界戦どころかラストファイトになってしまいました」
我々ファンにとってはボクシングの怖さと美しさが共存する伝説のファイトとして有名な試合ですが、神藤さんにとっては悔しくて辛い記憶…でしょうか。
「う~ん…勝って周りの期待に応えたかったので、負けという結果は辛かったです。ですが今振り返れば辛い記憶だけじゃなくて、楽しい青春の思い出もありましたよ。岡田戦に向けての合宿です。後にワタナベジムに移籍して日本タイトル挑戦まで行く吉田聡さんがこの頃は笹崎ジムの所属で、僕のサポートしてくれてました。勝てば次は世界王者の勇利に挑戦だ!と闘志を燃やして砂浜や山を全速力で走り抜けて、吉田聡さんとふざけて裸で写真を撮ったりして(笑)楽しかったなぁ。脳内出血で引退するしかないと知った時は悲しかったですが、受け入れるしかないので立ち直りは早かったです」

16歳の神藤さんを日本チャンピオンまで育てた笹崎会長にとっても、辛いという言葉では表現できない大きな出来事だっただろうと思います。
「デビューからずっと会長と一緒に夢を追ってましたからね。笹崎会長はとても気前の良い人なんですよ。ファイトマネーの話ですが、本来は既定のマネージメント料33%を差し引いた金額が選手に支払われる仕組みで、ジムによっては激励賞などからも33%を差し引かれる事があります。もっと酷い搾取エピソードもある業界ですが、笹崎会長は激励賞を毎回そのまま僕にくれてました」
金がなきゃ戦えないゴルフ界
ここからボクサー引退後のキャリアのお話に入って行きます。元々ゴルフに興味は持っていたのですか?
「現役中は引退後の事なんて何も考えてなくて、たまたまテレビで世界一を決めるマスターズの大会を見たのがきっかけです。イアン・ウーズナムという身長165センチの選手が190センチあるグレッグ・ノーマンに勝って夢のある賞金を手にする姿を見て、全身に稲妻が走ったというか…次はこれだ!と思ったんです。イアン・ウーズナムも元アマチュアボクサーだったいう事を知り、165センチという僕と同じ身長の彼と自分を重ね合わせました。ボクシングでは世界を獲れなかったけど、ゴルフでは突き抜けてやりたいと」
階級制ではない所に可能性を感じたのは、ボクサーをやっていたからこその思考かもしれませんね。神藤さんはゴルフをやりつつTS.planningという会社も立ち上げています。この会社の設立の目的や経緯についてもお聞かせください。
「ゴルフってすっごくお金がかかるスポーツなんです。練習環境を整えるのにも、練習をするのにもとにかくお金がかかる。まず別のビジネスを立ち上げて成功させて、ゴルフに取り組む為のお金と時間を作る必要がありました。自分の時間をゴルフに使うにはビジネスを任せられるメンバーの協力が必要不可欠。そのために作った内装解体業の会社がTS.planningです」

決断が早い!ゴルフの練習にそんなにお金がかかるのは知らなかったのですが具体的に何をする費用として必要になるのでしょうか。
「練習で色々な種類の芝のコースを網羅して周らないといけません。ボクシングならジムの許可と電車賃さえあれば、色々な選手とスパーリングで練習が出来ますがゴルフは違う。練習も自腹でプレイ費用を払ってコースを回るわけです。移動に車も必要で、遠方の場合は宿泊費もかかるの経費で年間300万円くらいかかります。なので元々、家が金持ちって人が多い世界です。仕事をしなくても親のお金で大学卒業後にベンツやアルファロメオに乗って来る様な人達。そんな人達とどうやって競い合うか?自分で稼ぐしかないんです。そんなゴルフの世界で勝負をかけるなら、自分もそれなりの立場になる必要がありました」
会社の設立は2015年。現在の神藤さんの役回りは代表取締役社長として重要な意思決定を下し、現場の仕事は社員に任せて時間を捻出。その時間を使ってのゴルファー活動という事ですね。
「はい。最初は大変でしたが良い社員に恵まれて会社の経営は好調です。今は僕がゴルフに集中出来る環境を皆が協力して作ってくれてます。試合を気にかけてくれたり、社員達は僕がゴルフをやることを応援してくれてますから」
師匠との出会い。独学からの限界突破
現在の神藤さんはティーチングプロ。練習に練習を重ねた人が受験しても合格率は40%台で、途中離脱者も多い難関だと聞いております。どんな資格なのか教えてください。
「簡単に言うとゴルフを教えることを専門とするプロフェッショナルの資格です。書類審査や筆記試験に加えて指定コースでの実技で70以上の高いスコアを安定して出す事が求められます。死に物狂いで練習して2019年にティーチングプロのバッジを貰えました。文部科学省公認の国家資格なんですよ。試合(ツアー)に出て結果を出せば賞金を稼ぐ事もできるので、今は誰かに教えるというよりも実力を磨いてツアーで上位に入る事を狙っています。日本プロゴルフ協会のメンバーになり、プロとして試合に出ています」
ボクシングはトレーナーやセコンドスタッフが選手をサポートしますが、ゴルフの場合はどんなサポートがあるのでしょうか。
「人によると思うのですが、僕は内藤雄士さんに全幅の信頼を置いてます。ゴルフコーチ・アナリストとして有名な内藤さんは、あの丸山英樹さんにアメリカで3勝させた人であり、著名人や大企業の社長など、とにかく凄い人達にゴルフを教えている業界のレジェンドです。その内藤さんがゴルファー神藤太志の師匠です。出会いは本当に偶然でした!ティーチングプロの試験会場でたまたま席が隣だったんです。自分が元ボクサーだった事と、ゴルファーとしての夢を初対面で語ってしまったんですが、その場で僕の事をスマホで調べてくれて《元ボクサーで世界チャンピオンだった具志堅用高さんもコーチしてます。神藤さんの夢、サポートしますよ!》と言ってくれたのがご縁です。そこから内藤さんにゴルフを教わってめちゃくちゃ上達しました。今は年間10~20ラウンドぐらいを内藤さんと一緒に回るんです。月に2~3回ですね」

誰もが知る名トレーナーに指導して貰える環境。ただの偶然ではなく、元日本チャンピオンというボクサーでの実績と、熱く夢を語れる神藤さんの人間性があっての事だと思います。
「倒れたらラッキー」から再現性を追う別競技へ
ゴルファーとしての神藤さんの一日の流れを教えてください。
「自宅の1階をTS.planning株式会社の事務所と、ゴルフの練習場の部屋で分けてすぐ行き来できるようしてます。朝起きたらストレッチ30分、筋トレ30分、パターを60分。その後シャワーを浴びて会社の必要な業務を終わらせて、16時まで自宅のレンジでショットの練習。その後は三鷹の施設に行ってひたすらアプローチとパターの練習の後、内藤さんが運営しているハイランドセンターに移動して、球打ちの練習を2時間やります。最後はペットのプードル、メイちゃんと一緒に夜、5キロ走ります」
練習に使う時間はかなり長いですね。ボクシングとゴルフは全く違うスポーツですが、両方を経験したうえで特に違いを感じるのはどんな所でしょうか。
「ボクシングよりもゴルフの方が《職人の世界》ですね。基本が一番大事でアドリブは要らない。基本動作だけを地道にコツコツ磨き続ける世界です。ボクサーはファイターやアウトボクサーなど色々なタイプが居て、ディフェンスひとつ取ってもノーガードもいればブロックが固い選手もいる。ゴルフはそういう意味での個性は出ない世界。ひたすら再現性の精度を競う競技です。その分、その基本動作の追及は果てしなく奥深いです」

シャドーボクシングは対戦相手の動きをイメージしながら動きますが、ゴルフのスイングってどんな事を考えながらやるのでしょうか。
「練習で一番良いスイングが出来た時を思い浮かべながら再現する感じです。バックスイングでクラブヘッドが腰の高さに来る位置と、フォローでクラブヘッドが腰の高さに来る位置の腰から腰の間をビジネスゾーンと言うんですが、そこをいかに同じ軌道で振れるかが大切なんです。肩から行くか、体幹から行くか、右足から行くかは人によって違うんです。下半身からねじる様に動かすコツをどれくらい早く掴むかが上達のコツ。ボクシングで言うと相手の左ジャブに右のカウンターパンチを合わせる動きに近いです」
練習から試合まで含めて、ゴルフをやっていてボクサー経験が役立っていることについて教えてください。
体の連動性と回旋力
「ボクシングでパンチを打つとき、足→腰→体幹→肩→腕へと力を伝えてました。この連動性はゴルフスイングもほほ同じ構造です。特にフックやストレートでの腰の切れは、そのままドライバーの飛距離に直結します。ゴルフでは速さよりも再現性が重要で、力を出し切るより毎回同じ順序で動けるかが鍵になります。100点の一発ではなく90点を100回続ける競技。だからこそ再現性が命です」
メンタルの強さ
「ボクサー時代にこなした練習量。辛くても手を出さなきゃいけない試合を乗り越えて来た自信。そういうストイックな部分ではボクサーがゴルファーに負ける要素はありません。怪我でゴルフが出来なくなる事はあり得ますが、死ぬことはありませんから。ボクシングは命懸けだったし、メンタルの強さは今の自分を支えるバックボーンになってます。試合で120%の力を出すには絶対に必要なものだと思います」
極限状態での意思決定力
「ボクシングの試合では疲労やダメージで判断力が鈍っても、攻めるか休むか、どのパンチで攻めるかの判断をして戦い抜いて来ました。ゴルフの試合でも「攻めるか刻むか」「ピンを狙うか安全にいくか」といった集中力を抜けない選択が常に求められ、ボクサー時代の経験と直結してます。正解を重ねると練習でやった120%が試合で出せるんです」
ボクシング20戦のキャリアで、練習でやった120%を試合で出すという感覚を掴んでいた神藤さんだからこそ、ゴルフの試合でも試合で練習より高いアベレージを出す事が出来るのだと思います。
日本チャンピオンより上のベルト
ティーチングプロの資格を取得してコンペや試合に出場されている今、ゴルファー活動の一番のやりがいはどういう所でしょうか。
「迷惑をかけたのに、自分を見捨てずに支えてくれる人達への恩返しです。世話をかけた奥さんやTS.planningの社員達。ゴルフを始めてしばらく経ってから、ストイックになり切れず一時期はブランクを作りました。ゴルフと会社経営の両輪が上手く回るまで待てずに、2年間ゴルフから遠ざかった時期があったんです…その状態から奮起できたのも、今のゴルフ活動が出来ているのも全て奥さんと社員達のおかげ。自分がやりたくて始めたゴルフですけど、大きい大会に出場したり、良い結果を出して彼らの喜ぶ姿を見た時に一番のやりがいを感じます。なので今は常に周りの人間に感謝して生きてます(笑)ゴルフで稼いだ賞金をガツンと会社に入れたりしたいなぁ」
一番苦しい時に、神藤さんを奮起させてくれた奥さんと社員の方々。一緒にコースを回るわけではないけど、彼らも含めてワンチームで乗り越えたという事ですね。

「はい。特に奥さんには感謝しかありません。会社が上手く回る為の仕組み作りから何から必死で僕をサポートしてくれました。奥さん無しには今の僕はありません」
最後にこれから先の神藤さんの夢、目標をお聞かせください。
「シニアのツアーで優勝賞金2千万円の試合があります。もっと賞金が出るツアーもあるので、そういう大きな大会で優勝する事です。その舞台が日本タイトルマッチじゃなくて世界タイトルマッチなら最高ですね。国内ツアーだけじゃなく全英シニアや全米シニアの大会もあるので。ボクサーでは日本チャンピオンまでだったけど、ゴルファーではもっと上のベルトを獲りますから。獲ったらまたその時に、取材してくださいね!」
取材を終えて
YouTubeを検索すると、ご本人がベストバウトだと語る浅沼光戦は残念ながら見つかりませんでしたが、ラストファイトの岡田明広戦はアップされてるので未見の方は観てください。勝ちたかった神藤さんとしては悔しい記憶の試合ですが、間違いなく見た人全員が「ボクサーの魂」を感じられる試合です。

神藤太志さんは「環境を武器に変える達人」です。夜逃げを繰り返す家庭環境の中で、小さな妹の世話をしながら毎日の走り込みでスタミナを鍛えた少年時代。ワンパンチで相手を沈めるパワーが無くても、持ち前のスタミナと覚悟の強さで日本一に上り詰めたボクサー時代。お金が必要なゴルフの世界で、事業会社を作って利益を出し奥さんや社員達とワンチームで夢を追うゴルファーとしての今。間違いなく、どんな環境でもその中で武器を作って戦える人です。

今は人生100年時代。誰もが必ず1度や2度は転職を経験する現代において「もう遅い」「環境が悪い」「才能がない」そう悩む人達に、是非とも神藤さんの果敢なチャレンジを伝えたい。取材後はそんな思いでいっぱいでした。
以上、拳人のセカンドキャリア#15「プロゴルファー・ティーチングプロ 神藤太志」でした!



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