進撃のボクヲタ

30代会社員のボクシング観戦記&その他の雑記

令和の名勝負。井上尚弥vsノニト・ドネア観戦記。

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超満員の埼玉スーパーアリーナ。

WBSS決勝戦、井上尚弥vsノニト・ドネア。
モンスターはレジェンド越えを果たした。

 

 

世代交代の試合にする。試合前そう発言してきた井上は試合直後のインタビューで「世代交代と言える内容ではないです」ファンに詫びる様な口調でそう言った。

この経験を次に活かすと。

 

1ボクシングファンとしての僕の意見は戦った本人とは違う。世代交代と言える試合だと思う。

 

この日集まったファンの中には長くこのスポーツを観ている人達は勿論、初観戦のファンも多かった。SNSで"初観戦"というワードを沢山目にしたし、現地でもそんな様子の人達が多い事を肌で感じた。

 

血まみれでシーソーゲームを争う井上。
そんな彼を観るのは全員が初体験。

 

凄惨な光景に免疫の無い女性ファンは、井上の血を正視出来ずハンカチで顔を押さえ震えていた。戦う本人は勿論、初めての事に耐えられるかどうかは応援するファンも同じだ。

 

22,000人。それぞれの思いがある。

 

拓真の戦いぶりに厳しいヤジを飛ばす年配者。
強豪ウバーリによく戦い抜いたと褒める若者。

 

交差する観戦者達の感情。
その全員の思いが一つになる瞬間があった。

 

日本の宝がレジェンドを追い詰めた時の、万雷の尚弥コール。

 

2019年11月7日。
あの熱い夜の記憶を記します。

 

INDEX ・決着ラウンドと視聴率の予想
・大混雑のスーパーアリーナ
・拓真の敗戦
・リングアナへの要望
・レジェンドvsモンスター
・勝利者インタビュー
・疑惑のロングカウント
・モンスターが証明したもの
・2人の戦士の息子への思い
・2019年11月7日 

決着ラウンドと視聴率の予想

戦前の予想は9割以上が井上のKO勝ちだった。
僕は2回KO勝ちと予想し、井上の圧勝による世代交代劇を信じていた。デビュー当時から応援して来た井上尚弥というスターへの思い入れの強さは勿論、尊敬する西岡利晃のラストファイトの相手となったノニト・ドネアというボクサーへの思い入れもとても強い。

 

7年前の西岡vsドネア戦。


日本ボクシング界とドネアの戦いはこの日から始まっている。

 

 

この試合があった2012年10月。その同じ月にデビューした井上が、WBSS決勝という最高の舞台でドネアと戦う事に運命を感じずにはいられない。 

 

勝敗予想では圧倒的に井上だったので、ツイッターで決着ラウンドの予想アンケートをとった。

 

 

3~5回での決着が最も票数が多い結果に。
百戦錬磨のドネアの強さはみんな分かってるけど、それでも今のモンスターの勢いが勝って、中盤までにドネアを粉砕するという見方が大多数だった。

 

試合の日が近づくにつれ、メディアでの扱いも大きくなってきたので、テレビの視聴率にも期待したい。この試合の平均視聴率の予想アンケートもとってみた。

 

 

15~20%が最も多い結果に。
中盤までにKOで試合が終わり、そこで多くの視聴者はチャンネルを変えてしまうだろうけど、番組平均で20%はいくだろう。20%はいきたい!そういう予想が大多数を占めていた。

 

当日へのカウントダウンが進むに連れて、仕事が手につかなくなって来る。

 

来日したドネアの様子を伝えるニュースを見た時、彼が小さな子供を抱いているのを見て、5年前の井上vsナルバエス戦を思い出した。

 

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井上に4度倒され2回KO負けしたナルバエス。

決着後のリングでナルバエスの息子が号泣しているのを見て切なくなった。

 

井上の圧勝を予想しているので、きっとドネアにも同じ事が起こると思って子供達は辛いだろうと。そんな気分になったけど、この時点では不要な感情なので忘れる事にした。

 

決戦前夜は高揚感で眠れない。

 

こんな気持ちにさせてくれる試合はどれぐらいぶりだろう。

大混雑のスーパーアリーナ

18:00開場で18:30に第1試合開始だったので、現地でのグッズ購入や1試合目の観戦には拘らず少し落ち着いた頃に入ろうか…そんな考えは甘かった。

 

開場時間からしばらく経っても一向に入場の列が進まない。とんでもねぇなこりゃ。

 

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入口の近くで大橋ジムの松本亮を見かけた。
大きな挫折を味わった彼だが、SNSで諦めない意志を発信してくれる。次の試合はいつだろうか。スター性抜群の彼には是非、這い上がって欲しい。

 

チケットを切って会場INしてからも長い通路は大混雑。廊下に飾られる花がこんなに多い世界戦も記憶にない。

 

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メディアの扱いや注目度は勿論、何もかもが規格外のスペシャルイベント。人の波を掻き分けて廊下を進み続ける。

 

「モンスター団扇~。モンスター団扇をどうぞ~」

 

何それ欲しいに決まってんじゃん。

さすがに11月に団扇は使わないだろうけど…家で2歳の娘のオモチャになる可能性を考えると予備分も欲しい。

 

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別に1人1枚とは言われてないから、団扇を2枚調達。

 

通路にはここぞとばかりにモンスター関連の書籍売り場がズラリ。

 

やっと席に辿り着いた時、迷路ゲームの1ステージをクリアした様な気分だった。

 

眩しいWBSS仕様の演出。

リングへの角度もほぼ正面で観やすい。

 

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パッと見は男性が多い様に見えて、よく見ると女性ファンも随分多い。体感値だけど、パヤノ戦より更に増えたんじゃないだろうか。

 

前座試合でライトフライ級6回戦を戦った3戦3勝中のホープ、帝拳の岩田翔吉の試合を初めて観る。攻防兼備でよくまとまった良い選手だった。国内のライトフライ級戦線にきっと頭角を現してくると思う。また楽しみな選手に出会えた。

拓真の敗戦

井上拓真はノルディーヌ・ウバーリに完敗した。


ダウンを奪われ明確なポイントを取れないまま最終ラウンドを迎えたけど、最後の最後にウバーリをグラつかせる見せ場を提供してくれた。

 

「負けてんだから、もっと手数出せよ!」

 

試合中は厳しいヤジを飛ばす人も少なからずいたが、終われば「拓真お疲れ様。次も頑張れよ!」と皆がエールを贈る。


ここに集まってるのは皆、井上兄弟のファンでありボクシングが好きな人達。

 

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率直な感想として、拓真は凄く目が良いボクサーだと思う。

 

12ラウンドを通してまともに被弾したのダウンを含めてほんの数発。あとは寸前のところで見切ってかわしていた。避けられるけど、そこから攻撃に繋げるパターンを作れない。ブロックして即刻打ち返したり避けた後すぐ打つという場面がなく、避けてそのまま体を預ける。避けた後もしばらく睨み合うが事が多かった。

 

相手の動きは見えているのだから、きっと本人の中でもっとこうしたい、ああしたいがあるのだと思う。長谷川穂積も世界奪取まではKO率が低いボクサーだったけど、コツを掴んでから一気に化けた。

 

拓真のポテンシャルと心と体の不一致部分のパズルが合わさった時、きっと化けてくれるんじゃないか。この好青年のそんな姿が見れる日が来る事を願ってやまない。

 

再起からの覚醒に期待したい。

リングアナへの要望

いよいよ世紀の大一番が始まる。

リングアナはレイ・フローレンス氏。

 

毎回の様に書いてるけど、WBSSのリングアナはマイケルバッファーかジミー・レノンJrにして欲しい。


フローレンス氏もけして悪くはないけども、ビックマッチなのだからリングアナもハイクオリティじゃないと。井上はまだジミー・レノンにコールされたことがない。

 

2017年9月の二エベス戦でバッファーのコールは受けてるんだけど、ジミーレノンはまだなんだよなぁ。フローレンスの「コンニチハ ミナサ~ン!」にも会場はそれなりの歓声で応えていたと思う。


でも長谷川vsモンティエルの時のジミーレノンが忘れられなくて。

「オウジャ  タイ  オウジャ」
「セイキノ  イッセンニ  ヨウコソ!」

 

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これを是非、井上尚弥の世界戦で聞きたい。

 

フローレンスのリングアナウンスに個人的な要望が2点ある。

 

ひとつが「Knockout  Sensation」というワードを使わないで欲しい。
パヤノ戦でのコール時は使ってなかったのに今回、入場前とゴング前に2度使ってた。

シンプルにモンスターだけで良い。

 

世界中に配信される試合で、YOUTUBEで何万回も再生されるリングコールなのだから、短くて伝わりやすく且つ定着しつつあるモンスターに絞って欲しいというのが理由。

 

勿論これは日本のスター選手の魅力をより伝えたいと思えばこその、彼なりのプラスアルファだし、その心も感じるので批判したいワケではない。

 

ただ「Knockout  Sensation」はKO勝利が続く世界王者であれば誰でも当てはまるし、この言葉で紹介された事のある王者が沢山いるので、井上の唯一無二感をコンパクトに表現するワードとして適切ではないと思う。 モンスターだけにして欲しい。

 

もう一点はコールする時の言葉の順番。

 

井上vs二エベス戦でのマイケルバッファーのリングコールはこう。

 

①ナオヤ!
②モンスターーーーー
③イノウエ

 

最初にナオヤ!でモンスターーーーーの語尾を長く叫ぶパターン。
絶対この方が良いのに、フローレンスのコールはいつもこうだ。

 

①モンスター!
②ナオヤ
③イノウエ

 

語尾を伸ばすところがない。マイケルバッファー流にして欲しい。理由はモンスターーーーーのところの語尾が長い方が観客も沸きやすいし、本人も決めポーズを取りやすいから。

 

フローレンスのコールは語尾が長いところが無いから、井上も右拳を突き上げるポーズをとるタイミングを伺いつつ「あ、今だ」と急いで突き上げた様に見えた。

 

これから世紀の一戦が始まるというゴング前に緊張しながら、そんな事を考えていた。

 

さぁ、大一番が始まる。

レジェンドvsモンスター

両者がリング上で向き合っているのを見るだけで、こちらの心拍数も爆上がり。

 

初回、互いに距離感を計りながら左フックの応酬が始まった。相打ちに近いタイミングだけど、井上の方が速い。

 

威嚇パンチは不要の一流選手同士。互いに倒すつもりで振りぬくフックの応酬。

 

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急所に直撃すればきっと試合は終わるんだ。

早く決着がついて欲しい。

こちらも心臓が止まりそう。

 

初回が終わった瞬間、場内には歓声より溜息交じりの安堵の声が渦巻いた。井上が勝てそうという安堵感ではなく、緊迫の3分間から一旦は解放されるという安堵感。長谷川vsモンティエル戦の初回終了後と同じ空気。


あの時の記憶がフラッシュバックする。"魔の4回"の悪夢が脳裏を霞める。まさか。今日はきっとそんな日じゃない。

 

2回、井上が良いペースでドネアの体に強打を当て続ける。


ガード越しに威力が伝わるモンスターのハードブロー。良いプレッシャーをかけられている…そう思った瞬間。

 

ドネアの閃光!

 

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タイソンvsホリフィールド初戦の序盤。
予想不利のホリィが序盤にタイソンに見舞った左フック。あの瞬間にタイソン圧勝は消え、勝敗の行方が分からない試合になった。このWBSS決勝戦においても、この左フックは試合の分岐点になった。

 

井上の顔面が赤い。切ったのかな?

影で暗く見えるだけも?とも思った。

カットした井上尚弥を見た事もなければ想像する必要もなかったので、血なのか影なのかが分からない。

 

隣の友人が言った。「やばい!切れたよ」

アレはやっぱり血なのか。

 

「頭が当たった様には見えなかったから、ドネアの左で切れたはず」

 

2回終了後、コーナーでの井上の様子が巨大モニターに映る。

 

右目のカットは現実だった。閃光の被弾シーンがスロー再生で流れる中、富樫氏から「井上選手のカットは有効打によるものです」という御丁寧なアナウンスが流れると、なんとも言語化が難しい空気がアリーナ全体に広がっていく。

 

正面の席のギャルが不安そうに言った。

「尚弥のあんな血…はじめて…大丈夫?」

パヤノ戦の井上と同じ髪の色のアパレル店員風ギャル。ボクシング観戦は初めてらしい。

隣の男性が彼女を励ましていた。

「そこまで激しい流血じゃない。大丈夫。」

 

次の山場は5回の終盤。

井上の右がドネアの左頬を綺麗に打ち抜いた。

 

効いた!

 

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レジェンドの腰が落ちる。

この試合、初めて明確にドネアを効かせた。

カウンターを警戒しながら慎重に追撃するも時間切れ。5回終了。

 

次の6回、井上はラッシュするかと思いきや慎重に左ジャブを突き続けた。

6回終了後に友人が言う。「井上の2回KO勝ちって言ってたけど、完全に予想外したな! 」そう言えばそんな予想してたっけ。

してたな。

 

ツイッターでも"圧勝での世代交代"予想をツイートしまくり、2回にはドネアを粉砕すると息巻いていた。「おまえの予想、だいたい外れるしね」うるさいよ。試合に集中しなさいよ。

 

8回、一流同士の攻防は無傷では居られない。

 

傷口に被弾した井上の顔は真っ赤になった。目の上の傷からと鼻からの出血。

 

アパレル店員風ギャルは涙声になっていた。

「血の量増えてるよ…尚弥。頑張って。尚弥」

 

この回あたりから彼女はリングを正視出来ず、下をむく事が増えた。その肩は震えていた。

 

9回、想像もしなかった場面が訪れる。

 

ドネアの右が井上を直撃。
急所を綺麗に打ち抜かれた。

 

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モンスターの腰が落ちる。
明らかに効いてしまっている。

 

足元が定まらない。ダメージは浅くない。

 

「おい!この回、あと何分?」

友人も動揺している。

 

まだ1分以上あるのか…途方もなく長い。渦巻くファンの悲鳴の中で、クリンチする井上尚弥。

 

「尚弥!凌げ!!」

「もっとくっついていいよ!!」

「尚弥!あと1分!!」

 

こんな言葉を叫んでるなんて、信じられない。ドネアも井上のカウンターを警戒したのか激しい追撃を仕掛けては来なかった。

9回終了。井上のデビュー以降、最大にして初のピンチだった。

 

アパレル店員風ギャルは泣いていた。

 

ハンカチで顔を押さえながら席を立った。

「尚弥ごめん。私、もう見れない」

連れの男は「一緒に行くよ」そう言ったけど、彼女は1人で通路側に出て行った。

 

ボクシングというスポーツを見慣れていれば、カットや流血シーンは有るものだし、どんな強い選手も負ける事があるし、急所に貰えば効かされる。それを知っている自分でさえ、9回のピンチは動揺を隠せなかった。全身から冷汗が出て喉がカラカラになった。

 

長くとも2回までに試合を終わらせて綺麗な顔でインタビューに答え、爽やかなキャラクターでトーク番組に引っ張りだこの井上を見て好きになり、ボクシングの他の試合を知らない女性ファンはこんな光景に免疫がない。だから、正視できない状態になったとしても誰も責められない。

 

そんな事が起きた次の回。

井上尚弥は真の強さを発揮した。

 

10回終了間際に美しいコンビネーションを炸裂させて、あれだけ効かされた次の回を明確に取って見せた。コーナーに戻る前に、観客席に向けて両腕を回転させるパフォーマンス。「みんな、俺は楽しいよ」そう言ってる様に見えた。

 

11回、開始直後から井上の覚悟が伝わる。
勝負に出る気のオーラが湧き出てる。

ドネアも疲労を隠し応戦してるが、5回に決めた様な1発をどこかで決めれば一気にラッシュ出来そうだ。右、左、ガード越しの被弾でドネアがフラつく。

 

この試合の最後の山場が来る。

22,000人の大合唱。

万雷の尚弥コールが始まった。

 

右アッパーから左ボディの黄金コンビが炸裂。被弾したドネアは初めて井上に背中を向ける。

 

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そして座り込んだ。

レフェリーがカウントしてる。
ドネアは立って来るか?

 

片膝をついて呼吸を整える姿勢をとっているので、立つ意思はありそう。

カウントが少し長い様に感じたが、興奮でそれどころじゃない。

 

ドネアは立って来た。試合再開。

井上尚弥は詰めの甘いボクサーじゃない。
決めに行く。

全員立ち上がって絶叫状態だった。

 

「尚弥ボディ!」

「ボディもう一発!」

 

再開後の追撃で井上は何発もボディブロー当てたが、レジェンドは倒れない。

必死に耐えながら、この窮地にあろう事か左フックを合わせて来た。

 

試合前に息子を抱いてドネアはこう言ってた。明日はホテルのロビーで優勝トロフィーが触れると。

 

追撃を被弾しながらも、瀕死の状態で相打ち覚悟の閃光を放つドネア。左フックへの警戒を忘れず追撃し続ける井上も凄い。

11回という終盤でのチャンスの局面でも、リスク察知の嗅覚と冷静さと勇気を併せ持ちファンを熱狂させる。

 

結局はベルトもトーナメントも飾りものでしかない。プロボクサーの仕事ってこういう事なんじゃないか。

 

続く12回、ラストラウンド。

 

1分の休憩で最後の酸素ボンベを補給したドネアが生きたパンチを振って来る。井上も応戦して最終回終了のゴングが鳴った。

 

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抱き合う両雄。誰も座っていられなかった。

全員が立ち上がり、スタンディング・オーベーションが起きていた。

勝利者インタビュー

井上尚弥の魅力を語る時、男性ファンと女性ファンで好きなポイントに傾向がある様に思う。整ったルックスが好きだという意見は男女共通で、男性は彼の強さに魅力を感じ、女性は落ち着いた人柄に魅力を感じると言ってるケースが多い。もちろん10人10通りなのだけど、大きく分ければその傾向が当てはまると思う。

 

試合前に執拗に相手を挑発する事もなく、早くに結婚して家庭を持って子供を可愛がる姿に絶大な安定感を感じる。

 

この日の勝利者インタビューにも彼の人柄が現れていた。マイクを向けられての第一声が、ファンへの感謝の言葉だった。

 

「こんな平日の夜に、集まってくれて本当にありがとうございます」

 

インタビュアーは「キャリア最大の勝利と言えますか?」と質問したのだけど、その前に~と言ってファンへの感謝の言葉を最初に発してくれた。

 

体と心の疲労が凄い状態でのインタビューだから、普段からそう思ってないと出て来ない。つまり彼の本音だと思う。この26歳の青年は本当に強く、礼儀正しく、誇らしい。

 

「ウバーリと統一戦をやって拓真の仇を討ちたいです!」そう話すときの彼の口調は強かった。弟がやられて悔しいという、人間的な感情を隠さないところにもまた、魅せられる。

 

試合後の混沌の中なら、リング近くまで行っても大丈夫なんじゃないか。そう思ってかなり近くまで行ってみた。多分ほんとはダメだと思う。

 

撮影の為にラウンドガールに「こっち向いて」そういうカメラマン達の声が飛び交っている。

 

”井上戦は早期決着でラウンドガールの出番がない”

度々耳にする井上への苦言のひとつ。

 

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この日は12回フルラウンドだったから、出番が沢山あったはずだけど…インターバル中ほとんどの観客は、巨大モニターのスロー再生に釘付けだったと思う。

 

でもこの試合を担当した事は、彼女達にとってもきっと誇らしいに違いない。私はあの試合のラウンドガールをやったんだと。

疑惑のロングカウント

試合後、SNSでは感動の名勝負に称賛を贈りながらも、11回の疑惑ロングカウントに言及するコメントが相次いだ。

 

松本人志もこんなツイートをしている。

 

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このレフェリーの謎行動は2点。

 

・ドネアが背を向けた直後、井上の追撃を阻止した謎
・カウントが長すぎる謎

 

追撃を阻止した理由に関しては、ローブローと思った可能性など色々な憶測が飛んでいるけど、本人のコメントが無いのでわからない。カウントの長さに関しては、映像を見返してみると明らかにロングカウントだった。

 

このレフェリーに何か処分があるのか知らないけど、誰も文句のつけ様が無い判定で井上が勝利したので、そこまで大きな問題にならなそうな気がする。これがもし、12回に井上が逆転KO負けしたら間違いなく大変な事になった。このレフェリーはきっとタダじゃすまなかった。

 

その実例がタイソンvsダグラス戦。

1990年2月11日の東京ドーム。

マイク・タイソンvsジェームス・バスター・ダグラス。

 

8回にタイソンの右アッパーでダグラスがダウン。ダグラスは15秒後に立ち上がったが、レフェリーのカウントは8で試合続行。この後の10回にダグラスがタイソンを倒し返して逆転KO勝利。

 

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鉄人マイク・タイソンのまさかの初黒星。

もの凄い衝撃だった。

それだけにロングカウントの事件は大炎上して大騒ぎ。"世紀の誤審"と言われレフェリーのオクタビオ・メイラン氏は社会的制裁を含め重い 処分を受けている。

 

井上ドネア戦のレフェリー、アーネスト・シャリフ氏も同じ事をやらかしたワケだけど、井上が勝ったおかげで大してお咎め無しだろう。

それもどうかと思うけど。

 

僕がアーネスト・シャリフ氏に求める事は一つだけ。
井上尚弥に感謝しな。

モンスターが証明したもの

井上は試合後に検査を受けた後、2回のドネアの左フックで右眼窩底骨折と鼻骨骨折の重症を負っていた事を公表した。

 

加えて右目の上のカット。出血による視界の悪化。弟の敗戦。万人の期待。その状態から残りの10回を戦い抜き、誰もが納得する勝利を勝ち取ったのだからつくづく凄い。

 

試合の後、帰りの電車でこんな意見を聞いた。「良い試合だけど、井上の怪物性は薄れた」「PFPランクも下がる」そんなコメント。

 

どんな見解だろうと個人の自由だけど、僕はそうは思わない。井上が2回で粉砕したロドリゲスがドネアとやったら、ロドリゲスが終盤TKOで勝つかもしれないしドネアが勝つかもしれない。どれも有り得る。序盤決着の試合を続ける事が怪物性を保つ事だと定義するなら、怪物性は薄れたのだろう。でも勝ち進めば勝ち進む程、相手のレベルも上がる中で試練は必ず訪れる。

 

レジェンド相手に長いラウンドを戦い、ピンチを乗り越えたこの日の経験はこの先の長いキャリアを考える上で、井上を真のモンスターへ成長させるターニングポイントになると思う。


世代交代の試合は圧勝だけだと思ってたけど、この試合を見て変わった。
ドネアの全てを引き出したうえで、それでも明確に勝つ事が出来たのだから世代交代と言って良いと思う。

 

井上はこの試合で、これまで未知数とされてきたスキルを幾つも証明してくれたけど、特に大きいと感じたのはこの3点。

「タフネス」「頭のスタミナ」
「ゲームメイク力」

 

◆タフネス

閃光を貰ってしまった時を想定して首のトレーニングをしてきた事が功を奏したと本人は試合後に言っているけど、肉体的タフネスだけじゃない。

 

右目上の皮膚を切り裂き、右眼窩底骨折と鼻骨骨折する程の強打を貰ったら並みの世界王者クラスの選手なら倒れると思う。それでも倒れずに頭を使う試合を続けられる精神タフネスは凄い。あの強烈なプレッシャーの中で、初めて尽くしのトラブルに打ち勝って見せてくれた。

 

◆頭のスタミナ

11回のダウンを取った後の追撃シーン。

瀕死のドネアが試合を捨てずに左フックを狙ってる中、攻めながらも警戒を緩めなかった場面。

 

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友人と僕ではこのシーンの見解が違う。

 

友人の見解はこう。

「チャンスだけど、ドネアの強打への警戒を解く事ができなかった」

僕の見解はこう。
「あのチャンスに、警戒を緩めずに責める冷静さが凄い」

 

どっちが正解とかはない話で、一般ファンがお互い好き勝手に言ってるだけなのだけど、僕はあそこで井上は本当に凄いと思った。あの局面でまとめに行って倒される日本人選手を沢山見てきたし、終盤は頭のスタミナも切れてくるという話もよく聞く。絶対に達成すべき目的は勝つ事なのだから、リスクを考慮しつつ攻めなければいけない。

 

きっとあの局面においてもドネアの目もパンチも生きていたんだと思うし、リスク察知の嗅覚+冷静さ+勇気を併せ持って戦う姿に"新時代のスター"を感じた。

 

◆ゲームメイク力

試合前から「12回戦って判定勝ちを想定している」そう話していた井上。

2回に左を貰って深刻な傷と視界の悪化というアクシデントに見舞われながらも、要所要所で着実にポイントアウトするというゲームメイク力を披露した。

 

3分の中で、どこかでコンビネーションをまとめるチャンスを伺いつつも、左ジャブが完全に止まる様な事はなかった。

 

井上はいつも「35歳まで現役」と発言している。今日見せてくれた様な、終盤戦でも冷静で居られる強さがあればきっと35歳まで世界のトップに君臨できると思うし、逆にそのスキルを証明した今、敗けるとしたら一撃で失神KOされるパターンぐらいだ。今のバンタム級にそれが出来る相手はいない。

2人の戦士の息子への思い

この試合、両者の試合ぶりは勿論、息子を持つ父親としての姿にも胸打たれた。

 

初めて効かされた9回。

一瞬目の前が暗くなった時、井上は息子の顔が浮かんだと言っている。

 

リングに上がる直前にも息子に視線を送り、降りた直後も最初に息子を抱きに行った。

 

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別冊カドカワのインタビュー記事。「辰吉さんが薬師寺戦の後、控室で子供を抱いて泣いてるシーンがあるのですが、あの気持ちは凄く分かります。自分も負けた後で明波を見たら涙が出ると思います」

 

ドネアは試合に敗れたけども、息子達との約束を果たした。


試合の次の日はホテルのロビーでアリトロフィーを触れるよ。そう言っていたドネアは井上に頼み込み、一晩だけアリトロフィーを借りたという。

 

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約束は果たしたとはいえ、これはドネアのものではない事も伝えなければならない。ドネアはメディアのインタビューでこう言っている。

 

「これはお父さんのモノではない、と言ったら息子達は泣きだした。でも、どれだけ頑張っても思い通りにならない事もあるんだ、という事を教えなければならなかった」

 

子供達がトロフィーを触る様子をツイートするドネア。動画で子供達はドネアと共に並んでこう言っている。

 

「Thank you  Mr inoue  Congratulations」

 

ありがとう井上選手。

そして、おめでとうございます。

2019年11月7日

帰宅後に録画再生で激闘を振り返っている時、解説の長谷川穂積が5回に本音を漏らしてしまったのが聞こえた。

 

「良い試合。ずっと見ていたいです」

 

彼はインスタグラムにこんな憎めない投稿をしてる。

 

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「僕がずっと見ていたい試合って言ったから判定になっちゃったんですかね。シーン 。最後に思いっきりスベリましたよ」

 

あなた程の方が、解説中に思わずそう漏らしてしまう試合。この名勝負があなたの解説で全国放送された事が心から嬉しい。いつか彼が営む神戸のタイ料理店で会えたら、そう伝えたい。

 

長谷川穂積の現役時代を知らない方は是非、YOUTUBEで彼の名勝負を見て欲しい。何の事はない。ただレジェンドがレジェンドの試合を褒めただけだと分かると思う。

 

更にこんな素敵なツイートも流れて来た。

 

ボクシングとまったく別の業界で、人気と実力を兼ね備えた人がこんな感想を発信してくれている。試合を見た柴咲コウのツイート。

 

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他人の人生を演じる女優業で活躍し続けている彼女が、井上とドネアの試合は「君は人生をどう生きる?」と問われてるようだと。

表現者らしい素晴らしいコメントだと思う。
人生を賭けて戦った両雄の思いが、ジャンルを超えて伝わっている。

 

WOWOWドラマ"坂の上の家"で柴咲コウの演技に魅了されたばかりなので、自分が試合をしたワケでもないのに、思わぬところからプレゼントを貰えた気分になった。

 

試合から数日が経った今も、強烈過ぎる余韻が抜けない。

 

井上尚弥とノニト・ドネア。
あの日あの場所で、熱い試合をありがとう。

 

アパレル店員風ギャルはあの後、テレビで終盤戦の井上の雄姿を見てくれただろうか。

またボクシングを見たいと言ってくれていたら嬉しい。

 

そう思いながら深い眠りにつく、2019年11月7日の夜だった。