観戦記

竹原慎二、聖地で成し遂げた 「世紀の快挙」

今日、12月19日はあの日。
竹原慎二vsホルヘ・カストロの日。

 

1995年12月19日の後楽園ホール。
この年の年間最高試合。

 

“記念挑戦”と言われた竹原の世界初挑戦。ミドル級の世界王座はそれまで、日本人は戴冠はおろか挑戦者すら現れなかった別世界。72.57kgはアメリカやヨーロッパの平均的な体格であり、層の厚さや選手個々の能力は日本とは比較にならなかった。

 

そんな未知の階級で104戦98勝という文字通り百戦錬磨のカストロが相手では、勝つなんて絶対に無理。日本、東洋と地道に頑張ってきた竹原だから記念の挑戦だね。そんな下馬評だった。

 

それでも竹原慎二はやってくれた。

全世界のボクシングファンのド肝を抜く会心のパフォーマンス。

 

ダウン経験の無い怪物王者をマットに沈め、その後も果敢に打ち合い12回を戦い抜いた末、WBA世界ミドル級王座を奪取。

見事としか言いようの無い「世紀の快挙」

 

あの夜から今日で24年。

感動の試合と共に、ご本人との思い出の記憶を振り返ります。

 

試合回想までは竹原、それ以降は竹原氏
または竹原さんと記します。

 

圧倒的な不利予想

竹原慎二は国内では無敵、アジアでも突出した強さを誇っていた。世界挑戦時の戦績は23勝18KOという見事なレコード。寺地拳四朗の父、寺地永との日本タイトル戦での倒しっぷりが特に印象強い。試合前の睨み合いがもう…凄いのなんの。

 

彼の武器はなんと言っても貫通力抜群の右ストレート。左ボディも良い。チャンスの時は速いコンビネーションをまとめるけど、ここだ!という時は力を込めて右を振り下ろす。
東洋タイトル戦では相手が左で倒れそうな時も、これでもかとトドメの右!

 

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186センチという長身の彼は自分より背の低い相手との試合がほとんど。だから右ストレートは必然的に”打ち下ろす”格好になる。ディフェンス面ではたまに危ない距離でスウェーを使う時があるのでヒヤッとさせられるが、それでも東洋圏内での強さは圧倒的だった。

 

ついに決まった世界への挑戦。

相手はホルヘ・カストロ。

 

カストロは怪物だった。当時の戦績は104戦98勝4敗2引き分け。 ミドル級という激戦階級で、アマとプロでの合計の試合数ではなくプロで本当に100戦やってる。目を見張るようなスピードは無いけど、1発の破壊力はある。

 

あの天才ロイ・ジョーンズと戦って敗れはしたものの、ジョーンズの連続KOをストップして判定まで持ち込んだことから”タフネス”もハンパない。

 

更に得体の知れない不気味な勝負強さも持っている。ジョン・デビット・ジャクソンとの試合。

 

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一方的に試合をリードされ、敗色濃厚だったカストロ。まさかの左フックで試合をひっくり返して逆転KOという試合。格下相手には圧倒して勝つし、ジャクソンの様な実力者が相手でもとんでもない試合をして勝ってしまう怪物。

 

竹原が記念挑戦と言われてしまうのも無理はない。無敗で世界挑戦の切符を掴んだのに、下馬評は不利どころか「何回まで持つか」そんな言われっぷり。

 

僕は当時、三重に住む15歳の中学生。埼玉の親戚に頼み込んで竹原の試合の深夜の録画放送を送って貰うことで日本・東洋で無敵の竹原を見ていたけど、同時にWOWOWエキサイトマッチでカストロの試合も見ており、勝って欲しいけどさすがに分が悪いだろうと考えていたのが正直なところだった。

当時のボクシング界

1995年の日本ボクシング界は、竹原が快挙を成し遂げるまで「挑戦が実る」トピックスとは無縁の年だった。薬師寺保栄が世界王座を手放し、辰吉は米国で再起を果たしたけど世界挑戦のメドが立つのかは分からない状況。

 

海外のリングではマイク・タイソンがムショから出て4年ぶりに再起戦を行った。試合はあっけなく初回に圧勝で終わったものの、タイソンの入場から試合開始までのセレモニーの盛り上がりはとてつもなかった。

 

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日本の世界王者は川島郭志、勇利アルバチャコフ、ナザロフの3人が着々と防衛回数を伸ばしていたものの、挑戦が実ったという試合は無い。直近でも9月に山口圭司が世界に初挑戦して大健闘するも2-1の悔しい判定負け。井岡弘樹も3階級制覇に挑んだが完敗だった。

 

ちょうど1年前は辰吉vs薬師寺で全国が熱狂してたタイミングだけど、今年は落ち着いた年末になりそう。

 

そう思っていた12月のある日。

日本ボクシング界の歴史が変わった。

世紀の快挙

試合開始のゴングが鳴る。

グローブをタッチするワケでもなく、カストロは開始と同時にいきなり左フックを打ってきた。威圧感は凄いけど、竹原は舞い上がった様子もなくいつも通り。むしろいつもより動きが良い。

 

カストロは左のガードを下げてるから、どこかで右が当たりそうだな・・・

 

そう感じた瞬間、竹原が大砲をブチかました。

「そら。挨拶だよ」 と右の一撃。

 

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顔面左側に綺麗にクリーンヒット!
効いた様子のカストロはロープ際まで後退。追撃の連打をまとめる竹原。カストロも打ち返して大歓声の中で初回が終わった。

これは、当たるぞ。

 

2回も竹原のノリが良い。

怪物相手に何ら臆することなく、練習で磨いてきた得意の攻撃パターンを披露。クソ度胸で打ち下ろす右ストレート。左ボディーも入る。

 

王者も打ち返すが単発なのに対して竹原は4発以上のコンビネーションで応戦。カストロはその最初のパンチへの反応が間に合ってない。

そして3回、最初の山場が訪れる。

 

2回までの攻防で王者にボディーブローを見舞うタイミングを掴んだ竹原。ベストのポジションから左ボディーをめり込ませた。

 

カストロの動きが止まる。
おそらく耐えようとしたのだろうが、耐え切れない。

 

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カストロ、ダウン!

104戦でノーダウンだった王者が初めて倒れこんだ。

 

立てるか?

しばらく苦しみそうなカストロの表情。

 

立ち上がったカストロはマウスピースを入れ直して時間稼ぎ。

 

再開後は竹原の気持ち良いラッシュ!両ガードをダラリと下げて王者をコーナーに追い込み左右の連打。「なんや。打ち返してこんのか」そう聞こえて来そうなパフォーマンス。

 

カストロはなんとか立て直したいけどダメージは濃厚。試合前に竹原の印象について記者から質問された際「印象などない。早く試合を終わらせて帰りたいよ」そう答えて前日もステーキを食べる様子からは、警戒心はまったく感じられなかった。ダウン後はカストロも竹原を認めた様で「モード・オン」にしてきた。諦めると思いきや緩急をつけた強打で応戦し、なんとかピンチを凌ぎ切った。

 

4回。カストロはアッパーで竹原の顔面の突き上げを狙い、竹原は右の打ち下ろしを狙う。竹原の意識が相手のボディーにあるのが良い。大砲の右が空振りしても抜群の左ボディーをフォロー。

 

5回。カストロが出てくる。応戦しながら打った竹原の右が王者の後頭部にヒット。ラビットパンチをアピールしながら後退し、ロープ背負いながらも手数を増やしてきた。

 

この中盤戦、5~8回はカストロのラウンド。
8回には左フックを貰い、一瞬だが動きが止まってしまう竹原。

 

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竹原はフットワークを使ったり、時おり得意のボディーを決めて試合の主導権こそ渡してはいないものの、カストロがプレッシャーをかけて前進している時間が長いのでポイントは王者に流れていく。

 

そして9回、「もうひと山つくっちゃる!」そう言わんばかりのアクセントをつけた竹原の攻撃。躍動する右拳。右から連打に繋げてカストロをロープに詰めてまとめ打ち。中盤戦でカストロに渡しかけた主導権を取り返し、ポイントも明確に奪った。

 

10回も竹原は前進し続ける。

 

左で距離を測ってからの右ストレートがクリーンヒット!

 

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大声援の竹原コールが鳴り響く。王者もやはり強い。効いたと見せかけて一瞬動きを止めてから、読めないタイミングで強打を振り回して来る。そんな百戦錬磨の怪物に竹原は冷静で分の良い試合運びが出来ている。

 

11回、12回は両者譲らずの打ち合いになった。

 

竹原はこの終盤でもしっかりコンビネーションの中にボディー打ちを混ぜ込む。チャンスが来たら一気にまとめてやろうという気迫が溢れ出る戦いぶり。カストロはこんな試合になるとは思ってなかっただろう。予想外の大苦戦ながらも、KO負け寸前まで追い詰められたジャクソン戦程の窮地にはまだ陥ってない。

まだ目は死んでない。

 

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際どいタイミングの打ち合い。

ここでも竹原の右の精度が勝る。

 

それにしてもカストロはタフ。

ロイ・ジョーンズもKO出来ないワケだ。

 

最終ラウンドは王者がプレッシャーを強めてきた。ポイントは厳しいという自覚はあるだろう。ここで虎の子の世界タイトルを落としたたまるかという最後の意地を見せてくる。竹原も次はない。今日獲ってやるんだという執念。意地と執念のぶつかり合いの中、試合終了のゴング。打ち合い続ける両者の間にレフェリーのミッチ・ハルパーンが割って入った。

 

解説の渡嘉敷氏は興奮を隠せずに、「これは勝ちましたね!!」と判定が出る前に叫んだけど、アナウンサーは冷静に「素晴らしい試合でした」と内容を話しをしながら判定結果を待つ。

 

そしてリングアナはシンプルに結果だけを告げる。この頃は今の様に採点を読み上げてから最後に勝者をコールするのではなく、いきなり結果をアナウンスするスタイル。

 

「勝者、青コーナー竹原!!」

 

試合中も沸き返るシーンが何度もあった名勝負だけど、一番の熱狂はこの判定結果がコールされた瞬間。

 

耳を劈く歓声の嵐が降り注ぐ中、竹原は世界のベルトを腰にまいた。

 

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116-114、118-112、117-111

文句なしの3-0判定勝利。

 

“広島の粗大ゴミ”が世界を獲った。

 

“記念挑戦”と言われたが、その意味を変えてみせた。ただ挑戦するだけの記念じゃない。”史上初の奪取記念”にしてみせた。

 

WBA世界ミドル級の新王者。

日本人として初めて激戦階級の頂に上り詰めた竹原。

 

阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件…
絶望や恐怖のニュースが相次いだ1995年。

 

そんな1年がもうすぐ終わるという年の瀬に、突如飛び込んできた電撃ニュース。

 

新聞各社は一面で竹原の快挙を報じた。

 

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回想:栗田との会話①

何度かこのブログに登場している同級生、栗田との会話録。

 

この試合のテレビは全国放送されず関東ローカルでの深夜放送だけ。埼玉の親戚に録画を頼んでいたけど失敗したらしく、しばらくはニュースでの短い映像しか見れない日々が続いていた。

 

するとボクシングマガジンに、この竹原カストロ戦が1995年の年間最高試合に選ばれた事に加えて、試合のVHSテープが発売されるとの情報が!

 

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値段は送料など含めて6,000円。

田舎の中学生にとっては大金なので、栗田に相談してみた。半額ずつ出し合ってこのVHSを買わないか?と。

「そのうち、誰かの世界戦が早く終わった後に流れるさ」そう言って彼は乗って来ない。

 

ちょうどその週、ニュース番組内で竹原のドキュメントが放送されることを知ったので、無理に説得せずにドキュメント番組の情報だけ伝える事にした。30分ぐらいの尺で竹原の世界奪取までの道のり、カストロ戦ハイライト、王者になっても変わらず等身大で、犬を散歩に連れて行く様子を追った内容だった。

 

すると翌日、栗田は話に乗ってくる。
「あんな短いハイライト見せられたら、全部見たくなるやろう」

 

やった。

作戦成功!と思いきや…

 

「6,000円やっけ。

4-2や。

俺は2,000円出す」

 

なんじゃそりゃ!と思ったが、まぁいいかと。

 

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そうして無事にこの「世紀の快挙」のVHSをゲット。

 

届いたその日のうちに2回観て、熱くなって眠れずに翌朝は遅刻ギリギリだった。

竹原氏との思い出・会話録

竹原氏は初防衛戦に敗れて現役を引退した後、タレント活動をやりながら1999年から2006年まで大田区の池上でレストランを経営している。

 

イタリア料理店「カンピオーネ」という店名はイタリア語でチャンピオンという意味。

 

2000年1月、念願だったカンピオーネに行った時の思い出を共有したい。

 

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この2000年1月はガチンコファイトクラブの第一期生の放送が始まった月で、番組の人気が出ると同時にカンピオーネにもテレビを見たお客さんが多く来店する様になったそう。僕が行ったのは1月のかなり早い日付だったので、竹原さんと沢山お話しする事が出来た。

 

「握手してください!」
「もちろん」

 

試合を見て熱くなったボクサーの方と握手する瞬間の感動は、何にも代え難い。
もう、たまらない。

 

竹原さんの左拳を見つめながら「この左拳がカストロの腹にめり込むシーン、何回見た事か。感激です!」

「ありがとう。あの時のボディ、再現しましょうか?」

それはご勘弁ください。

 
ボクシングファンなら誰もが知る伝説試合・カストロ戦の事を含め、本人に聞きたかった質問をここぞとばかりに聞きまくる。

 

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◆カストロ戦。試合前って実際どう思ってたんですか?

 

「それまで僕の試合を中継してくれてたテレビ局でさえ、放送してくれなかったのは本当にガッカリしましたよ。やっぱり悔しかったですよね」

 

歴史的な快挙に挑む一戦でありながら、関東ローカルでの深夜録画放送のみ。

 

「もうね~。勝ち目が薄いとか自分で思うのはともかく、他人から言われるってムカつくもんです笑 未知の相手への恐怖はあるんですけど、試合が近づくにつれ”絶対に獲ってやる!”という気持ちが高まりましたよ」

 

◆3回にボディで奪ったダウン。手応えは?

 

「ありましたよ。よくする話ですけど、あのダウンであっけなく終わるんじゃなくて、最終回までやって明確に勝てた事が本当に嬉しかったです」

 

そして、初防衛戦はウィリアム・ジョッピーに悔しい9回TKO負け。

 

◆ジョッピーには勝ち続けて欲しい…みたいな気持ちってありますか?

 

「別にないです笑  もし日本人が挑戦するなら絶対に勝ってほしい。僕に出来るアドバイスは何でもしたい。そういう気持ちになるもんですよ」

 

ジョッピーの話から、黒人選手の筋肉のバネの話に展開していった。

 

「黒人選手のカラダのバネは全然違います。来週、フェザー級で越本君が世界挑戦するけど…あの相手に勝つのは難しいと思う。」

 

越本隆志がフレディー・ノーウッドに挑戦する試合が迫っていた頃だった。結果はその通り、残念ながらノーウッドのTKO勝ち。

 

あとはガチンコファイトクラブの収録の裏話ネタも教えてくれて、貴重で楽しい時間だった。

 

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出された料理はどれも美味しい。

素材の仕入れから、竹原さんが市場に出向いてやってるとの事。

 

「わざわざ凄い遠くから来てくれるお客さんも居てね。ありがたいですよ。どうしても僕がお店に居れない日もある。提供する料理は心から美味しいと思って貰えるものを出したいです」

 

もっと話したかったけど、お客さんが増えてきて接客と料理出しに忙しくなってきた様子で、気付けば店内満席だったのでこの日は退散。

竹原さんと写真撮ればよかったなぁ。

 

結局この日一度しか行けなかったけど、素晴らしい思い出のひと時。

カンピオーネは2006年に惜しまれつつ閉店。

 

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閉店時のお店のサイトには「また懲りずに飲食店をやりたいと思っております」そう書いてあるけど、実際はどうだろうか。

 

重い病気にかかった時は心配だったけど、持ち前のパワーで回復した竹原さん。

 

今は元気にジム経営をされていると聞いているけど、もしまた飲食店をやってくれるのなら、ぜひ家族で行きたい。

 

デザートのティラミスも本当に美味しかった。

ボコボコ相談室の傑作集

「竹原慎二が、胸をえぐるカウンターであなたの悩みにお答えします」

 

情報メディア”code-G” で連載されたこの企画。好きだったボクシングファンも多いんじゃないだろうか。

 

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何百と答えてきた相談内容の中で、個人的に刺さったネタを3つ共有したい。

 

悩み:業務量が多すぎてウンザリです!でも仕事は辞めるに辞められません。

答え:お前なんか辞めたって、仕事も地球もグルグル回るよ。

 

悩み:社内恋愛がばれて困ってます。女癖を治す方法はないでしょうか?

答え:無理じゃ。治らん。

 

悩み:家が資産家です。 言い寄る女性がお金目当てにしか見えないのですが。

答え:おまえに金以外の魅力がないからじゃ。金が尽きれば、おまえごときに女は寄らん。

 

う~ん。

気持ち良過ぎる竹原節。最高!!

 

一番最近のご本人の様子は?

 

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つい先日、2019年12月のブログでのショット。

 

とっても元気そう!

フィットネスジム大田区大森T&Hのメンバー達とボーリングに行った後との事。

 

この写真に大きく映る竹原さんの左拳。

カストロの脇腹に抜群の左ボディーをアジャストさせた瞬間の映像が蘇る。

 

あれから24年経った今でも。

 

日本ボクシング界の歴史を変えた左ボディー。

カストロも凄い粘りだった。

 

竹原慎二とホルヘ・カストロ。

あの日あの場所で、熱い試合をありがとう。

回想:栗田との会話②

4-2の金額の割り振りで共同購入したVHS。

「世紀の快挙」

 

今でもよく覚えている。

 

木曜日の夜に届いて、その日のうちに2回観て翌日の金曜日には栗田にテープを渡した。

 

週明けの月曜日。

 

教室に入ると栗田がおはようと言いながら
千円札を1枚、机に置いてきた。

 

「これ何?」

 

「ええ試合や。3-3にしとくわ」

 

 

 

 

 

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